《三》

瞳子が可愛いのは知っていた。
初めて会った瞬間から、心が奪われていた自覚もあった。

綺麗な面立ちだけでなく、独りでも生きて行けるといわんばかりの苛烈な眼差しに、胸を射貫(いぬ)かれた時。
虎太郎(こたろう)の探しもの』は、見つかったのだ。

「……おはよう、セキ」
「おはよう、瞳子。今日も可愛いな」

朝餉(あさげ)の席で、はにかんで見上げられた時、うまく微笑み返せたか記憶に残っていない。

「あの……袿、ありがとう」
「ああ、少しでも役に立ったならいいが。他に何か欲しいものはないか?」

返された着物を受け取る際に、かすめた互いの手指の熱に意識が向かないよう、場当たり的なことを訊いた気もする。

「それでね、セキにお願いがあるんだけど───」

“陽ノ元”での『時の計り方』を教えて欲しい、と言われた時も、共に過ごす時間が増えるのは自制が利かない気がして、イチに任せてしまった。

そして、いま───。

短い悲鳴が瞳子のものだと解ったとほぼ同時。
振り返ったセキの目に、崖下へと身を踊らせた瞳子が入る。
身体ごと必死に腕を伸ばした、セキの頭をよぎったものは。

(オレは、大馬鹿ヤローだっ……!)

猛烈な後悔、だった。