「……いえ、礼には及びませんよ。それが我が“(あるじ)”の願いでもありますしね」

顔を上げた瞳子と、目を合わせないようにするイチ。

(あれ? やっぱり、イチのこの態度って……)

その様に、意外な気分になり口をひらく。

「ねぇ、イチって歳いくつ?」
「は? こう見えても、貴女よりは確実に歳上ですよ?」
「えっ、そうなの? ゴメン……なんか可愛いとか思っちゃって」
「……貴女時々思ってること全部口にしますよね? その癖直したほうがいいですよ」

柳眉をひそめられ、早口で苦言を呈されても、イチの頬は薄っすらと染まっていて、その実、照れているだろうことが窺える。

(まぁ考えたら、あのセキの『従者』だもんね)

美形への偏見は改めるべきなのか? いや、ただしイチに限る、としておくのが無難だろうと、瞳子が内心で茶化していると。

「貴女がセキ様の正式な“花嫁”となられる覚悟を決めたのなら───これは、私からのささやかな贈り物です」

空中に片手を伸ばしたイチが、何かをつかみ寄せる。
瞳子がいぶかしく思う前で、イチは目に見えないそれを掲げてみせた。

「貴女の御身を護る衣──“赤比礼(せきひれ)”をお渡ししたうえで、ひとつ、お願いがございます」