───セキの態度のことだ。朝食の時も、昨日借りた(うちぎ)を返した時も、普通にいつもの優しいセキと変わりはなかった。

だが、瞳子のいた世界にあった『時計』や時間の概念の違いから、この“陽ノ元(ひのもと)”での『時の計り方』をセキに訊こうとしたとたん、

「ああ……そうだな。俺が教えるより、イチのほうがいいだろう。
イチ、頼む」

と、やんわり断られた。

(本当は、昨日の今日だし……セキと、ちゃんと話がしたかった)

この世界の『時』について知りたい気持ちは嘘ではなかったが、それよりも言葉にして伝えたい想いがあった。
セキに教えてもらいたいと言ったのが、口実であったのも事実だ。

(だって……二度もセキの申し出につれなくしておいて、あんな───)

昨夜のくちづけを思いだして、頬が熱くなる。気持ちだけ先走ってしまったことが否めない。

「……話を続けても?」
「も、もちろん!」

イチの空咳(からせき)に、あわてて先をうながす。そんな瞳子をよそに、イチは冷静な口調で語り始めた。

「セキ様からのお叱りもありましたし……貴女に話しておいたほうが良いと思われることを、お伝えします。
貴女が元の世界へ戻るための手段───“返還の儀”についてです」

お借りしても? と断りを入れられ瞳子が承諾をすると、イチは筆を取り上げて和紙を広げた。