《二》



(いぬ)の初刻とは、だいたい陽が沈んだあと、宵の口くらいだと瞳子はイチから説明を受けた。

(戌は十二支の終わりから二番目でしょ。()の刻が深夜、夜半で……)

寺院の鐘の音が鳴り響き、瞳子は耳を澄ます。昨日まではただの『音』として聞き流していたが。

(なな……はち……きゅう、九つ。……お昼、正刻───つまり、正午!)

イチから聞いた話を自分なりに消化しながら、桔梗に用意してもらった筆記具でまとめていく。

(そういえば『おやつ』の語源って、昔の鐘付きの音からって聞いたことあったな)

筆を置きながら、ふと思いだす。慣れない筆の扱いに凝ってしまった肩をほぐしていると、障子の向こうに人影が見えた。

「瞳子サマ、よろしいですか?」
「……あ、はい。どうぞ」

一瞬、違う声の持ち主を期待してしまっただけに、瞳子の口調は、あからさまに失望したものとなっていた。

(背の高さとか、全然違うのに……)
自分の思いつきに、知らず溜息がもれる。

「すみませんね、セキ様じゃなくて」
「う、ごめん! ……イチが悪いわけじゃないのにね」
「いえ、まぁ、多少は私の責任もあるので」

不本意そうに片手を上げ、謝罪する瞳子を制するイチ。