親や兄弟、恋仲がなくとも、人が抱える未練というものは、そんな単純なものではないだろうと。
それは、未だ心の片隅にある『人』としての『虎太郎』の声だった。

「瞳子がけじめをつけたいというのは、解る。だが実際、あちらからこちらへという簡単なものではないだろう? 異界への移動は」

瞳子の願いなら叶えてやりたいが、そのことによって万が一にも瞳子に不利益になるようなことはあってはならない。
であれば、慎重に事を進めなければ。

「……ひょっとして、あの方から何か聞いてます?」
「多少はな。世間話のついでにだが」

イチのいうあの方とは、尊臣のことだ。
その昔、何かの折にヘビ神の話をされ、かの神は三つの人格を一つの魂にもち、生まれ変わりのような事象──“毛脱(けぬ)け”というものがあるらしいと聞いた。
いまのヘビ神は(こう)といい、童子の姿をしており、人間相手の遊戯という名の賭けを好む、と。

「いまのカカ様の性格を考えると、できれば瞳子を関わらせたくはない」
「そこは、私も全面的に同意します。まぁ、その辺りは猪子(いのこ)さまの知恵もお借りして、なんとか瞳子サマにとって良いように持って行きましょうか」
「ああ、そうだな」