心許(こころもと)ない思いを打ち消してくれたセキに、感謝の念をこめて瞳子が見上げた矢先。

「───お言葉ですが」
イチが、面白くなさそうに口をはさんできた。

「あの“神官長”の申した通り、残念ながら瞳子サマは白い“神獣”、白狼(はくろう)様の“花嫁”でもあります。
瞳子サマはいわばお二方の共有の『花器(はなうつわ)』。セキ様からのご寵愛(ちょうあい)も、ハク様からのご寵愛も、受けることが可能な存在なのです。
ですから」
「もういい、口を閉じろ」

初めて聞く、冷たい命令口調。
とてもセキのものとは思えないその声色に、イチの話す内容に嫌悪感をいだいていたことも忘れ、瞳子は驚いてセキを見た。

目が合うと、その瞳によぎった(かげ)を隠すようにして、セキが廊下の端へ顔を向ける。

桔梗(ききょう)。瞳子に付き添ってやってくれ」
「かしこまりました」
「瞳子、今日はもう遅い。明日また話をしよう」

いつの間にやら控えていたらしい桔梗に告げ、セキが瞳子から離れて行く。
同意をしかねる気持ちとは裏腹に、瞳子はうなずいた。

「……分かった。お休み、セキ」

一瞬のためらいを感じさせたのち、セキが瞳子を振り返る。

「お休み、瞳子」

そこに、屈託のない笑顔はなかった。ただ、手放したかけがえのないものを惜しむ、せつなげな微笑みだけがあった。