見上げた瞳子は、(はた)から見ても解りやすいくらいに、困った顔をしていた。
一度ならず二度までも、断らなくてはならないのは、心優しい瞳子には重荷だろう。

(それが分かっていながら、言わずにはいられなかった)

おもむろに、立ち上がる。惜しむ気持ちと共に、瞳子の手を開放した。

「先程も言ったが、これは俺の勝手な願いだ。瞳子との約束を反故(ほご)にする気は毛頭ない」

見つめる先の黒い瞳が、とまどったように、揺れる。
彼女の心の奥底にあるものは、本当のところは解らない。ただ───。

(ほんのわずかでも可能性があるなら、それに賭けたい)

瞳子の心に、少しでも迷いが生じてくれるならと、願ってしまう。

「だからこそ、考えて欲しい。瞳子には、選択肢が二つあるのだということを。
元の世界に帰ることだけでなく、この“陽ノ元”に残ること───俺の側に、このままいてくれることも含めて。
結論を急がずに、次の新月までに、よく、考えてくれ」

“花嫁”の願いを漠然と受け入れる“神獣”としての正しさよりも。
セキは、己の願いが、ひいては“花嫁”の願いになる奇跡こそを【願い】、瞳子に想いを伝えたのだった。