「言われてみれば、そうだな。……やはり、長年染みついた『人』としての感覚は、簡単には抜けないな」

「確かにアンタって、神サマっていうよりは、ただの人って感じだもんね」

「“神獣”の姿にも戻れないしな」

おどけて肩をすくめるセキに、瞳子は、昨日 彼から聞かされた生い立ちに、その原因があるのではないかと考えた。

(セキ自身、気づいているかは分からないけど)

幼い頃に“神獣”の姿に戻った時、母親が取り乱したと言っていた。
おそらく、その一件から彼自身が“神獣”に戻ることを、無意識下で拒んでいるのではないかと思えたからだ。

(自分が人でないことを憂えているような言葉もあったし)

『人』で在りたいと望んでいたからこそ、本来の自分───“神獣”という狼には、戻れないのだろう。

(なんか、哀しいな)

自分の本性を認められないのは、つらいことだ。そう思って、瞳子はその横顔を見上げた。

狼というには、優しすぎる顔立ちだ。ともすれば童顔になりそうな大きな焦げ茶色の瞳は、精悍(せいかん)な頬のおかげでそれを防いでいた。

「虎太郎様」

ふいに、しわがれた女の声がした。
参道脇の林のなかから、白い小袖に緋袴(ひばかま)の巫女装束をまとった老婆が姿を現した。