「あのっ……別に、アンタのことが嫌いなわけじゃないから……!
ちゃんと、恋仲の振りもするし……。
そうだ、名前! アンタの名前、帰るまでには伝えられるように、頑張るから、だから」

気を落とさないで、などと、どの口が言えるのかと、瞳子はそこで無意味な言葉を止めた。

前に歩きだしかけていたセキが、そんな瞳子を見て笑ってみせる。

「名前のことは、気にしなくていい。その気持ちだけもらっておく。
ありがとな、瞳子」

こちらに向けて、差し出される大きな手のひら。

(なんで、私が励まされてる感じになってるのよ、ばか)

泣きたくなるような愛しさを感じながら、瞳子はそのぬくもりに手を重ねた。



石造りの白い鳥居の両脇には、一対の狛犬(こまいぬ)ならぬ『狛虎』が阿吽(あうん)を示していた。

「これ……この国の“神獣”が虎だから?」
「ああ。“上総ノ国”では、狼になっているだろうな」

セキに手を引かれながら“大神社”の境内を歩いて行く。
参道の端の砂利を踏みしめながら、ふと、疑問に思ったことをセキに問うた。

「ねぇ。アンタ、仮にも“神獣”なんだから、堂々と真ん中 歩けばいいんじゃない?」