《六》

たきしめられた(こう)の薫りが鼻腔(びくう)をくすぐる。

「すまない、瞳子。いまだけ……赦してくれ」

耳もとでささやかれる声と、息づかい。

身じろぎもできないほどに込められた腕の力なのに、抵抗する気も起きないほどの優しさを感じるのは、なぜだろう?

(嫌じゃない……のが、なんか、イヤ)

セキの抱擁(ほうよう)のせいで、驚きのあまり涙が引っ込んだ。

突然のことに状況に頭が追いつかずにいたが、かと言って突き飛ばしたい衝動にも駆られない自分の心持ちに、とまどってしまう。

(え……これ、何? 私、もしかして───)

意識したとたん、心臓の高鳴りが連動して、こらえきれずにセキの胸を押し返した。

「もう、おしまいっ。おお奥さん、いるんだから!」

「……瞳子。俺の話は聞いていたか? 実緒とはとっくに離縁している。不義を働いている訳ではないぞ」

すねたような口調の内容とは裏腹に、耳もとで告げるセキの声が心地よく響いている。
それがさらに、瞳子の心拍数を上げた。

「で、でも、アンタ、別に嫌いで実緒さんと別れたわけじゃないんでしょ? だったら、なんか、こういうのは駄目……」

「───そうだな」