《五》

瞳子が、訳が分からないといった表情で、自分を見上げていた。
そこで初めて虎太郎は、感情的になりすぎた己に気づく。

(ダメだな、オレは。瞳子には、ただ事実を伝えればいいだけなのに)

手を洗うことを口実に一旦その場を離れ、水で清めながら気持ちを切り替える。

ふたたび瞳子の前に座り直し、話を続けた。

「俺が“神獣”だと知っている萩原の者は、乳母(めのと)早穂(さほ)……いま“花子”を務めている桔梗(ききょう)だな、彼女と、俺の……『虎太郎』の祖父である先先代の“国司(こくし)尊臣(たかおみ)だけだ。

母は彼女の生みの親である巫女(みこ)の血を強く受け継ぎ、霊力が高い。
本来なら只人の出入りが困難な“結界(けっかい)”もすり抜け、“神獣ノ里”に立ち入った。
そこで、“化身(けしん)”を覚えたての俺を見つけ、連れ去ったらしい。

……子を流し錯乱状態だった彼女は、俺を自分の子だと思い込んでいたそうだ」

努めて冷静に、虎太郎は事実を述べる。
いや、これはすべて、事情を知る者───尊臣、早穂、そしてイチからのまた聞きだ。

虎太郎の記憶には、母から大切に育てられたことと、その母を悲しませたことしか残っていない。