「……若さまっ。こちらには……、いつ、お戻りにっ……?」

息を切らして駆け寄ってきた娘の腹は、もう産み月間近といったところか。
口もとのホクロと眠そうな顔立ちに、虎太郎のなかの記憶がつながった。

「キヨだったか。息災のようだな」
「はい! それはもちろん、若さまのおかげです~」
「……これこれキヨ。はしたない真似は止めなさい」

嬉しさを隠せないように、キヨは虎太郎の腕にすがりつく。
その後を追ってきた初老の男が、たしなめるようにして、虎太郎からキヨを引きはがした。
ぷうと頬をふくらませた娘の頭を下げさせ、自らも虎太郎に礼をした。

「───尊征(たかゆき)様、無事のお戻り、何よりでございます。して、本日はご視察でございましょうか」
「いや、俺は」
「奥方様かと思われましたが、ちとお年が……そちらの女性(にょしょう)は?」

村長(むらおさ)の言葉と、視線。瞳子に向けられたそれが良いものではないと知り、虎太郎は声音を低くした。

「皆に話が伝わらずにいるようだが、俺はすでに萩原家を出た身だ。実緒(みお)とは()うに離縁した。
瞳子は俺の大事な連れ合いだ。侮辱は許さんぞ」