「良太、買い物に行ってきてよ。」 「何で?」
「何ででもいいから。 マヨネーズ切らしちゃったのよ。」 「それだけ?」
「それだけって何よ? あんたの好きなお菓子も買っていいから行ってきて。」 「しょうがないなあ。」
「しょうがは無いけど買ってきてよ。」 「ショウガも買うの?」
「ショウガは要らないわよ。 何でもいいから行ってきて。」 「ふぁーーーーーい。」
 面倒くさそうな返事をして500円玉を受け取ってから家を出る。 さっきの公演では小学生たちが遊んでいる。
 「昔はなあ、ドラム缶とか土管がたくさん置いてあって秘密基地をたくさん作ったもんだ。 みんなで泥だらけになって遊んだもんだぞ。」
父さんはそう言うけれど、昔っていつ頃なんだろう? ぼくには分からない。
 だって今は令和。 その前は平成だった。
 【内平かなれば外成る】と言われた時代なのに、現状は荒れに荒れまくり、変な事件も多かった時代。
 その前の昭和時代はどうだったんだろう? 今みたいに喧しくもなかったみたいだけど、、、。
 そういえばさ、家を留守にしても鍵を掛けることが無かったって言うよね? 本当なのかな?
今はたった5分の外出でも鍵を掛けろってうるさく言われる。 隣人でさえ信用できないからって。
 いつだったかな、隣のおじさんが垣根の手入れをしているのを見たことが有る。 じっと見ていたら「ぼく、そんなのを見てるんじゃないよ。」って近所のおばさんに渋い顔をされたんだ。
いけないことをしたのかな? ただ見てただけだから何とも思わないのに、、、。
 向かいの家の玄関が開けっ放しになってた時、危ないなと思って見ていたら「覗くな! ボケ!」っておじさんに怒られたことが有る。
 昭和時代はどうだったんだろう? 勝手に上がり込んでも喧嘩にはならなかったって聞いたよ。
それどころか、あれやこれやって井戸端会議が始まって賑やかだったって、、、。
 町内会の人たちも会えば賑やかに話してたっけ。 回覧板も回してたって言うよね。
そもそもさ、回覧板って何? ぼくは見たことが無いんだ。
 言われたとおりにマヨネーズとお菓子を買って家に帰ってくる。 公園では小学生たちがサッカーをしている。
 「昔はなあ、空き地で野球をしたもんだぞ。」って父さんは言うけれど、、、。 「あの当時はな、『巨人の星』が大人気だったんだ。」
星飛雄馬とかってやつが主人公なんだよね? 悪魔のような特訓を受けて大リーグ魔球なんて球を投げれるようになったんだ。
「あんなのを投げてみたかったなあ。 ギュイーンってものすごいカーブなんだぞ。」 YouTubeで見たことが有る。
あんな球は投げれないって。 アニメだから投げれたんだよ。
 「あの当時はなあ、三角野球だったんだぞ。」 「三角野球?」
「そうだ。 キャッチャーとファーストとセカンドしか居ないんだ。 それに外野が少し。」 「そんなんで出来たの?」
「投げて撃って走れたらそれで良かったんだよ。」 「大まかな時代だったんだねえ。」
「まあなあ。 野球盤が出てから少しずつ変わってきたんだよ。 少年野球のチームも増えたっけ。」 父さんはビールを飲みながら楽しそうに話してくれる。
40年も50年も前のことだ。 ぼくにはさっぱり分からない。

 あの当時は今よりもユニークだったって聞いてる。 コマーシャルも面白いやつが多かったらしい。
 バラエティー番組も今より遥かに面白かったみたいだね。 今のはざとらしくて見てられない。
面白くないんだよなあ。 体を張ったコントも無いし、、、。
ドリフターズとかコント55号とか面白いグループも居ないしねえ。
おまけに何かといえば韓流だ韓流だってそればっかだし、、、。 ぜーんぜん面白くない。
 クイズ番組だってそうだよねえ。 【クイズダービー】とか【ハイアンドロー】みたいな番組って出てこないのかなあ?
【100人に聞きました】なんてのも有ったよね? 面白かったらしいね。
 でもさあ、今はどうだろう? ネタ切れなのかなあ?

 夕食を済ませると居間でゴロゴロ、、、。 「寝っ転がってるとゴミと一緒に出しちゃうぞ。」
母さんが洗い物を済ませてやっとテレビの前に座ったのは8時を過ぎてから、、、。 「貞子も今年は就職よねえ? 何か仕事は見付かりそうかい?」
「分かんない。 あんまりいい情報は出てこないんだもん。」 「見付かるといいけどねえ。」
「お前が心配したってどうしようもないだろう?」 「そりゃそうだけどさ、心配なのよ。」
「お前が心配してどうなる? なるようにしかならんよ。」 「そりゃあ、あなたは手に職を持ってるからいいでしょうけど貞子は、、、。」
「いいわよ。 無かったらバイトでも何でもやるから。」 姉ちゃんはどっか諦めムードなんだ。
「バイトねえ。」 「何よ、良太まで。」
「だってさあ、姉ちゃん バイトって言うけど何をする気なの?」 「見てみないと分からないわよ。」
「そっか。 じゃあダメだね。」 「何よ、その言い方?」
「もうやめたら? 明日だって大変なんでしょう? 良太もオリエンテーションやら何やら有るんだし、、、。」 「そうだそうだ。 寝ようっと。」
「ああもう、またいい所で逃げるんだから。」 貞子はどっか悔しそう。
 父さんはさっきからパソコンに向かって何か書いてます。 施術記録だって。
ぼくには分からないけど大切な物らしい。 いつもブツブツ言いながら書いてる。
 右足のあの筋肉がどうしたの、この筋肉が固まってるの何のって聞いてるとさっぱり分からないことを平気で書いている。 すごいなあ。
 隣で感心していると「俺はなあ、学生時代に師匠から褒められたことはただの一度も無いんだ。」って話始める。
「ほんとに褒められたことは無いの?」 「そうだ。 これがああだ、あれがこうだって怒られてばっかりだった。」
「姉ちゃんより出来が悪かったの?」 「貞子と一緒にするな。 師匠はな、それだけ技術にうるさい人だったんだよ。」
「技術にうるさい?」 「そうだ。 いずれ良太だってそんな人に会うかもしれん。 会えたらこれ以上の幸せは無いぞ。」
「父さんはどうなのさ?」 「俺か? 俺は師匠のおかげでここまでやってこれたんだ。 今でも感謝してるよ。」
 鍼を刺すと言ったって、ただ指せばいいってもんじゃないという。 皮膚に触れた時にはもう中に入っている。
それがまた痛くも痒くもないから不思議。 「そこいらの先生たちは刺すから痛いんだよ。 刺すんじゃない。 刺さるんだ。」
って言うけど何のことだかさっぱり、、、。

 翌日、朝食を食べたぼくと姉ちゃんは学校へ猛ダッシュをするのでした。 ああ大変。
父さんはいつものように施術室でお客さん、、、じゃなかった患者さんを待っている。 白衣姿は何ともかっこいい。
「父ちゃん 今日も決まってるなあ。」 「そっか?」
適当に持ち上げとかないと機嫌が悪くなるんでね。 大変だよ。