ぼくには貞子という姉ちゃんが居る。 あの井戸から出てくる女じゃないよ。
今は短大の2年生。 なんとかして銀行に勤めたいんだって。 叶うのかなあ?
 本人はめーーーーっちゃやる気なんだけどねえ。 先輩で銀行に入った人が居るからって。
でも、それはそれ、これはこれ。 姉ちゃんだからなあ、、、。
 食堂で昼食を食べている。 「あんたのクラスは何人だい?」
皿を洗っていた母さんが振り向きざまに聞いてきた。 「35人だよ。」
「少なくなったねえ。 あたしらの頃は高校でも45人クラスだったのに。」 「昔は昔。 今は今だよ。」
「何 覚めたことを言ってんだい? あんたらが少ないってことは日本の人口が減ってるってことなんだよ。 何とも思わないの?」 「ぼくに聞かれても、、、。」
「そうだよねえ、、、。 あたしがもっと子供を産めたら良かったんだけど。」 母さんはそう言いながら施術室を覗いた。
 「お父さんは元気なんだけどねえ、二人しか生まなかったのよ。」 「何で?」
「さあねえ。 お父さんの稼ぎじゃ苦労するからじゃないの?」 「そんなこと無いぞーーーーー。」
施術室から大きな声が聞こえてきた。 「やだわ、、、聞いてた。」
「隣だから聞こえるわ。」 おばちゃんまで大笑いしてる。
なんとまあ平和な家族なんだろう? 世の中、世知辛くなってるっていうのに。

 っていうかさ、知ってる振りをしてる人が多過ぎるんだよね。 知っていながら困ってると無視して通り過ぎていくんだ。
そのくせ、文句を言うのだけはいっちょ前。 大人がこうだから子供までそうなっちまってて。
 なんか変な事件ばかり起きるよねえ。 しょうもないことで喧嘩したり殺したりしてさ。
人間が人間じゃなくなってきてるよね。 おかし過ぎるよ。
人工知能とか最先端技術もいいけど、人間を人間らしくしてくれ。

 まだまだ昼だ。 ぼくは家を出てコンビニへ行ってみた。
その途中には子供の頃から通っている駄菓子屋が在る。 おばあちゃんは今日も元気そう。
10円のお菓子を何個か買って食べながら歩いていく。 細い道をバイクが通り過ぎていく。
小さな公園が見えてきた。 (あれ? どっかで見たような、、、。)
女の子がブランコに揺られていた。 後ろ姿だから誰だか分からないんだけど、、、。
 コンビニへ入ってお目当ての食玩を探す。 「うーーーーんと、、、。」
レジでは弁当を買ったおじさんが何やら店員と話している。 「売り切れか、、、。 ちきしょう。」
お目当ての物を見付けられなかったぼくは代わりに姉ちゃんが好きなコーヒーを買ってレジへ、、、。 レジ打ちをしてるのは最近 幼稚園を辞めた近所の麻里子姉さんだった。
「あらあら、良太君じゃない。 高校に入ったんだって?」 「そうだよ。 金ヶ崎ね。」
「あそこか、、、。 よく入れたね。」 「何で?」
「あそこってさあ、偏差値高いのよ。 知ってた?」 「そうなの? 家から30分くらいだから選んだんだよ。」
「ブ、、、それか。」 麻里子姉さんは思わず吹き出してしまった。
「また来てね。」 「いつでも来るよ。」
コンビニを出て道を戻っていく。 また公園が見えてきた。
「優ちゃんじゃないか。 優ちゃんが居る。」 さっきは後姿だったから分からなかったが、前から見るとそれはやっぱり優だった。
 遠くを見詰めているような眼でブランコに揺られている。 ぼくが見えているはずなのに表情は変わらない。
 コーヒーを飲みながらブランコに近付いてみる。 それでも優は揺れ続けている。
そっとその背中を押してみる。 何も話さないのになぜかドキドキしてしまう。
 ポニーテールが揺れている。 ぼくはなぜか満たされたような気になっている。
何も話さずにブランコは揺れ続けている。 「良太君、、、だったっけ?」
「そ、そうだよ。」 「緊張してる?」
「うん。」 「そっか。」
 優は不意にブランコから立ち上がるとニコッと笑って「明日また会おうね。」って言って帰って行った。
(明日また、、、か。) 何だかぼくは寂しくなって優雅揺られていたブランコに乗ってみた。
 ぼんやりと揺れてみる。 子供の頃、母さんに押してもらったことを思い出す。
ってか、今でもまだまだ子供じゃないか。 いくら大人ぶってみても子供じゃないか。
そんなことを考えてしまうぼくはどっかませてるのかなあ?
 残っていたコーヒーを飲み干して家へ向かって歩き出す。 電柱に貼られた広告が今にも飛びそうなくらいにブラブラしている。
空き地になっている所が在る。 以前はクリーニング店だった所だ。
そこには芳美っていう女の子が居た。 1年先輩の女の子だ。
でもさ、いつの間にか閉店していて家族みんな引っ越して行ったんだよね。 居なくなってからぼくは気付いたんだ。
まあ、そんなに話す人じゃなかったから気付かなかったのかもね。
 ブラブラと歩き回ってみる。 中学校も入学式だったみたいだね。
午後ともなると誰や彼やと遊びに出掛けているらしい。 でもさ「校区の外には出るなよ。」ってうるさかったよなあ。
一応、学校じゃ素直に聞いてる振りをするんだけど、家に帰ればこっちのもの。 誘い合わせてあっちへこっちへ遊びに行く。
 コンビニで屯しているやつらも居る。 自転車で走り回っているやつも居る。
街角でボーっとしているやつも居る。 みんなさ、どれが正しい生き方なのか分からなかったんだ。
もちろん、今だって分かったとは言えないよ。 勧められるままに高校生になった。
それも普通科。 取柄らしい取柄も無いままでここまで来た。
これでいいのかな? 悩んでいるのはぼくだけじゃないだろう。
夢はたくさん有るさ。 でもね、どれが本当にやりたいのか分からない。
どれがやれるのかもぼくには分からない。 家が見えてきた。
 玄関を開けて居間へ転がり込む。 姉ちゃんも帰ってきててぼんやりとテレビを見てる。
その隣に座って背伸びをする。 「あら、帰ったのね?」
「うん。」 「何か珍しい物でも見付けたの?」
「別に、、、。」 「そっか。 つまんないなあ。」
姉ちゃんはそう言うとチャンネルを変えてみた。 「何処も面白くないや。 cd聞いてようっと。」
貞子はブツブツ言いながら部屋へ帰って行った。 ぼくは買ってきたお菓子を食べながらテレビを見てる。
 施術室のほうはというと、、、。 今日も賑やかなおばちゃんが来てるみたいだなあ。
 父さんの話だとこの辺りでもう30年もやってるんだって。 それじゃあ患者さんも多いよなあ。
そうそう、お客さんだって言うと「バカ。 客じゃなくて患者さんだ。」って父さんに渋い顔をされてしまう。 難しいねえ。
 父さんはね、マッサージだけじゃなくて鍼も灸もやるんだよ。 鍼は痛いだろうって?
とんでもない。 父さんの鍼は刺したかどうかも分からない。
(触ってるな。)と思ってたら終わっちゃってるんだ。 「いつ刺したの?」って聞いたことも有るくらいにね。
 近所にさ、整骨院が有るんだ。 父さん曰く「あんな所は行くもんじゃない。 腕も悪いし金を取られるだけだから。」なんて言ってる。
ほんとにね、最近は看板とか店構えだけじゃ分からない店が多いなあ。 でもみんな、整骨院に喜んで行ってるよねえ?
 「よしよし。 あんたも腰が少しずつ直ってきてるから楽だろう?」 「そうねえ。 やっとここまで治してもらったわ。」
「やっとって何だよ やっとって。」 「ワー、怒った。」
「別に怒ってないわな。 しょうもねえ。」 「うわ、今度はしょうもねえだって。 ひどい先生だなあ。」
 まったく賑やかなもんだね。 お互いさまって感じか。
「じゃあ、また来るよ。」 「夜にか?」
「夜は無いなあ。 旦那様が待ってらっしゃるから。」 「ほう、今晩もやるのか?」
(相変わらず父ちゃんは何を言ってるんだ?) テレビを見ながらボケーっとしてるぼく、、、。
 母さんは午前中の仕事を終わって家に帰って来てる。 そろそろ夕食のことを考えているらしい。