「それじゃあ、ダンスコンテストの成功を祝って──」
「「「カンパーイ!」」」

 五十嵐先輩がジュースの入った紙コップを掲げて、他のみんなもそれに合わせる。
 そんな中私は、ワンテンポ遅れて小さく乾杯って呟いた。

 お祭りも終わって、今は五十嵐先輩の家で打ち上げをしている最中。
 麗ちゃんの所に行こうかなとも思ったけど、その麗ちゃんから、みんなとしっかり話をするように言われちゃった。

 それからこの打ち上げが始まったんだけど、こんなことしていいのかな?

「あ、あの。オレ……って言うか、私? みんなに謝らないと」

 やっぱり、ちゃんと言わなきゃダメだよね。
 みんなは笑ってるけど、私、凄い迷惑をかけたんだから。

「直前に逃げ出して、なのに途中から飛び込んで。そんなことしなかったら、賞だって取れたかもしれないし、怒られることだってなかったのに」

 コンテストの結果、私達は優勝どころか全くの圏外。
 途中までメンバーが足りないってひと目でわかる内容だったから、当然だよね。
 しかも、途中私があんな形で乱入したものだから、終わった後、係の人から二度としないようにって注意を受けてしまった。

「謝ったら許してくれたんだし、いいだろ。それにコンテストの結果はともかく、俺達にとっては成功だろ。見ろ、これを」

 九重くんはそう言って、そばにあったパソコンの画面を見せる。
 そこに映っているのは、さっきのコンテストで、スートが踊っている姿。事前に何人かに撮影をお願いしていて、それをスートのチャンネルで公開したの。
 その結果、再生数もコメントも、今までで一番じゃないかってくらいの勢いで伸びていた。

『生で見てたけどすっごくよかったよ』
『奈津くん、途中から入ってきたけどダンスめちゃめちゃうまかった!』
『奈津くんが来た時みんなが笑顔になるのがいい!』

 ほとんどのコメントで、良かったって言ってくれている。スートの四人だけじゃなくて、私にもだ。

「元々俺達、自分が楽しかったり、見てる人を凄いって思わせたりするためにやってたからね」
「賞はとれなくても、これだけ反響があるなら大成功だよ」

 小野くんと日比野くんが、そう言ってニコッと笑う。
 そうなのかな? それだといいんだけど。

「そんなことより、俺達としてはお前が女だってことの方が気になるんだか。名前も、本当は奈津じゃないんだよな」
「あ────っ!」

 そうだった。私、みんなにとんでもない嘘をついていたんだ。

「ご、ごめんなさ────」
「だから、いちいち謝らなくていいんだって!」

 頭を下げようとした私を止めるように、九重くんが叫ぶ。
 すると他の三人は、なぜか私じゃなくて九重くんを睨みつけた。

「ああ。どうして男のフリをしたかは聞いたし、奈津には怒ってもいない。だが、恭弥は別だ」
「えっ、俺!?」

 これは九重くんも意外だったみたいで、声をあげる。
 だけど、みんなからの鋭い視線は突き刺さったままだ。

「当たり前だろ。本当のことを知ってて隠していたんだぞ」
「どうして黙ってたのか、じっくり聞かせてもらおうか」
「一人だけずるい! 僕ら、何度も奈津の目の前で着替えたりしたじゃないか!」
「ま、待てお前ら。それは、俺なりに考えた結果でだな……」

 三人に詰め寄られ、タジタジになる九重くん。
 き、着替える時は、トイレに行ったりして見ないようにしてたから!
 そういえばそういう時、九重くんが話があるとか言って、別の場所に連れ出してくれることも多かったけど、あれって私のことをフォローしてくれてたんだ。

「と、とにかくそういうわけだから、奈津。男のフリしてたってのは、一切責任を感じる必要ないからな。だいたい、俺が強引にマスクダンサーを探してなけりゃ、そんなことせずにすんだんだしよ」
「そ、そんなことは……」

 そんなことは、あるかも。
 でもね、今は、そうなってよかったって思ってる。

「最初は、どうしようって思ったよ。けど、そのおかげで、みんなと一緒にダンスが踊れて、たくさんの人の前に出る勇気が出せた。凄く凄く感謝してるから!」

 色々あったけど、奈津になったことも、みんなにダンスを教えたことも、全部がかけがえのないものになっている。
 だから、だからね。みんなにどうしても、ひとつお願いしたいことがあった。

「だから、その……これからも、みんなと一緒に、ダンスしてもいい?」

 たくさん迷惑かけて、許してもらっただけでも十分すぎるのに、こんなこと言うなんて図々しいかもしれない。
 それでも、みんながいいって言ってくれるなら、これからも一緒にいたかった。

 ドキドキしながら、返事を待つ。
 すると、なぜかみんな意味深に顔を見合わせた。

「それなんだけどな……」

 な、なに? さすがにこれは図々しすぎた?
 だけど次に九重くんが言った言葉は、想像の遥か外のものだった。

「ダンスを教えるとかじゃなくてさ、スートのメンバーになる気はないか?」

 …………えっ?

 一瞬、言ってる意味がわからなかった。
 スートのメンバーになる? それって、もちろん私のことだよね?

「スートは、それぞれトランプのマークで担当が決まっているから、奈津が入るならジョーカーになるかな」

 ジョーカー担当って、そんなことまで決まってるの!?

「な……なな、なんで!?」
「なんでって、その方が楽しいと思ったから」
「ダンスだけじゃなくて、ゲームとか色んな配信も、一緒にやってみたいな」
「えっ……えぇっ!」

 う、嘘でしょ?
 みんなと一緒にいたいって思ってたけど、こんなのは全くの予想外だよ!

「で、でも、オレなんかが……」
「オレなんか禁止だ。何度も言ってるだろ」
「ご、ごめん」

 九重くんに叱られて小さくなると、五十嵐先輩がそれを見て笑った。

「難しく考えるなよ。さっきも言ったよな。俺達は、ただの素人動画配信者。一緒にいるのに、資格も何もないって」
「は、はい」
「メンバーに入るのだって同じだ。入ってほしい。みんながそう思っているなら、それで十分なんだよ。あとは、奈津がどうしたいかだ」

 本当にいいの?
 信じられないことだけど、それなら答えは決まってる。
 私は、これからもみんなと一緒にいたい。色んな楽しいを、みんなとやっていきたい。

「よ、よろしくお願いします」

 そう言ったとたん、九重くんが大きな声をあげる。

「よし! これからもよろしくな、奈津!」

 そして嬉しそうに笑いながら、私の手を握ってブンブンと振る。
 よ、喜んでくれるのは嬉しいんだけど、いきなり手を握られるのはドキッとするよ。

 するとその途端、他のみんなが一斉に喋り出した。

「奈津が恥ずかしがってるじゃないか」
「相手の同意がなければセクハラだぞ」
「奈津が嫌がって、やっぱり入るの辞めるって言ったらどうするのさ!」
「せ、セクハラって、俺はそんなつもりじゃ……」
「そういえばさっき、奈津のこと好きって言ってたよね。あれ、どういう意味?」

 ふぇっ!?
 そうだ。九重くん、さっき通話で話した時、私のこと好きって言ったんだ。
 で、でも、好きって言っても、色んな意味があるよね?

「えっと……あれは、仲間とか、友達とか、そういう意味での好きだよね?」

 男の子に好きって言われるのなんて初めてでドキッとしたけど、よく考えたらそうだよね。
 ほんの少し、恋としての好きなんじゃって思ったけど、そんなの恥ずかしくて言えないよ。

「そ、それはだな……」

 九重くんはすぐに返事をせずに、なぜか少しだけ口ごもる。
 それからどういうわけか深呼吸して、改めて何か言おうとする。
 けど、その時だった。

「そういうことなら、僕も奈津のこと好きだから!」

 九重くんの言葉を遮るように、日比野くんが言う。
 さらに、小野くんと五十嵐先輩もそれに続いた。

「俺だって、奈津のことは好きだよ」
「もちろん、俺も好きだぞ。でなきゃ、メンバーに誘うなんてしないだろ」

 ふえぇっ!?
 ど、どうしよう。こんなにたくさん好き好き言われるなんて、恥ずかしくてどうにかなっちゃいそう。
 けど、嬉しい。みんなから好きって言われるのが、凄く凄く嬉しかった。

「みんな、ありがとう」

 お礼を言うと同時に、目から涙が零れる。
 だけどこれは、悲しい涙じゃない。喜びの涙だ。

「俺は、そういう意味で言ったんじゃじゃないのに……」

 九重くんが何かボソリと呟くけど、声が小さくてよく聞き取れなかった。

「何か言った?」
「えっ? それは、その……こ、これからもよろしくなっていったんだよ!」
「そうなんだ。うん。よろしくね。九重くん。じゃない、恭弥」

 九重くんやスートのみんなとこんな風に笑い合うなんて、少し前までは想像もしていなかった。

 誰かにダンスを教えることや、たくさんの人の前で踊るのだってそう。
 あの時、神社の裏で九重くんと出会っていなかったら、その全部がなかったんだよね。

 そう思うとなんだか不思議で、胸のドキドキが、ますます大きくなっていくような気がした。