「いいわ。黙っておいてあげる」
「本当!?」

 返ってきた言葉を聞いて、少しだけホッとする。
 だけど、それからすぐに長嶺さんは言う。

「そのかわりさ、スートのみんなに、私のこと紹介してよ。私、前からスートのファンなんだ」

 それを聞いて、またしても答えに詰まる。
 そんなの、本人達の許可もなしに約束なんてできない。

「それは、みんなに聞いてみないとわからないから……」
「じゃあ聞いてよ。一緒にコンテストに出るくらい仲がいいなら、あなたが頼めば引き受けてくれるでしょ」
「でも……」

 どうしよう。長嶺さんの言う通り、私が頼めば、スートのみんなは会ってくれるかもしれない。
 何より色んなことを黙ってもらうためには、ここはわかったって言うべきなのかもしれない。
 なのに、なんでだろう。長嶺さんをスートのみんなに会わせるのは、どうしても嫌。約束なんてしたくない。

 だけどそんな私の態度は、長嶺さんを苛立たせるのには十分だった。

「いいから言う通りにしなさいよ。でないと、あなたのことみんなにバラすわよ。そうだ、昔のダンス教室のメンバーにも言おうか? あの奥村さんがまたダンスをやってて、しかもスートのみんなと一緒に踊るって知ったら、なんて言うかな?」

 やめて!
 そう言いたかったけど、怖くて声が出なかった。
 昔みんなが言ってた、キモイとかブスって言葉が、私が踊ってるのを見た時の、バカにするような笑いが、次々に頭を過ぎる。
 怯える私を見て、長嶺さんはさらに続けた。

「だいたい、あなたみたいなのがスートと一緒にいるのがおかしいのよ。あなた、一度ダンスから逃げ出したじゃない。そんなのが教えるなんてできるの? 一緒にいる資格なんてあるの?」
「──っ!」

 それは、初めてダンスを教えてほしいって言われた時、真っ先に思ったことだった。
 一度逃げ出した私なんかが、みんなに教えることができるのかって。

 スートのみんなは大丈夫だって言ってくれて、私もそんな気になっていた。
 だけど、それは間違いだったんじゃないか。みんなと一緒にいる資格なんてないんじゃないか。
 そんな気持ちがあふれてくる。
 その時だった。

「奈津!」

 張り詰めた声が、私達の間に割って入る。
 声だけじゃない。九重くんが血相を変えながら走ってきて、私を庇うように長嶺さんの前に立った。

(九重くん……)

 私と長嶺さんとの間に何があったのか、九重くんは知らない。
 だけど私の様子から、良くないことがあったってのは、なんとなく察しているようだった。

「お前、まだ奈津に用があるのか? 付きまといなら、やめてほしいんだけど」

 長嶺さんを見る目は、さっきとは打って変わって、とても冷たい。
 長嶺さんもまずいって思ったのか、慌てて取り繕おうとする。

「違うの。実は私と奥村くん、昔ダンス教室で一緒だったの。懐かしくなって、その時の話をしてただけよ」
「へぇ。それで、奈津はこんなに顔色悪くなってるわけか。話って、どんな?」

 私、そんなすぐにわかるくらい、変な顔してるんだ。
 だけど、これはまずい。
 長嶺さんは、いつでも私の秘密をバラすことができるんだ。

「ま、待って恭弥。オレが悪いんだ。オレが、変なこと言って怒らせたんだ」

 ここは、自分を悪く言ってでもこの場を収めよう。
 だけど、九重くんはまだ納得していなかった。

「本当にそうか? とてもそんな風には見えないけどな」

 うっ……
 どうしよう。何か言わなきゃと思っても、うまく言葉が出てこない。
 何より九重くんは、長嶺さんのことを完全に敵視しているようだった。
 長嶺さんも、そんな九重くんの態度に、次第に不機嫌になっていく。

「なによ、まるで人を悪者みたいに。どうして何も聞かずに奥村くんの味方ばかりするのよ」
「そんなの当たり前だろ。こんな時、仲間の味方しないでどうするんだよ」
「仲間って、それじゃ九重くん、その子のことどれだけ知ってるって言うの? あなたが知らないこと、教えてあげようか!?」

 ムキになり、言葉を荒らげる長嶺さん。
 ダメ! そう言って止めようとしたけど、遅かった。

「この子の本当の名前は、奥村亜希。女の子よ。あなたの知ってる奈津なんて人は、どこにもいないわ!」
「─────っ!」

 目の前が真っ暗になった気がした。
 九重くん、これを聞いて、なんて言う? 私のこと、どう思う?

 大きく見開いた目がこっちを見たその時、張り詰めていた糸が切れた。

 その場から、全力で駆け出す。
 さっき長嶺さんの前から立ち去った時よりも、ずっとずっと必死になって逃げた。

 私が亜希だってこと、九重くんに、バレた。
 もしかしたら、これから長嶺さんは、私が昔ダンスから逃げたことまで話すかもしれない。
 それらを知った九重くんとどう向き合えばいいかなんて、ちっともわからなかった。