嘘。どうしてこんな時に、長嶺さんと会っちゃったの!?
 ぐちゃぐちゃになった頭の中で、何度も呟く。

 彼女の名前は、長嶺愛菜さん。
 私が小学生だった頃、同じダンス教室に通っていた子。私とは別の学校に通ってて、同じ歳の子達の中では、リーダーみたいな子だった。

 その頃の私は、人前で踊るのも平気だった。
 先生はほめてくれるし、同じ教室に通ってる他の子よりもうまい自信があって、いつか私のダンスでたくさんの人をワクワクさせられたらいいなって思ってた。
 だけど……

「奥村のダンスって、キモイよね」

 ある日、いつものようにダンス教室に行くと、まだ先生が来ていない教室で、長嶺さんが他の子にそう言っていた。
 話しているのは、普段一緒に練習している子達。
 その場に出ていけずにじっとしていたら、話はさらに続いた。

「動きのキレはあるけどさ、そもそも顔がブスじゃん。あれじゃどんなに頑張ったってカッコよくはならないよ」

 長嶺さんがそう言ったとたん、他の子達が、一斉に笑い出す。

「言えてる。むしろ、ブスが必死になってるなって笑える」

 ガンって、頭をハンマーで殴られたみたいだった。
 私のダンス、キモイの? 私、笑われるくらいブスなの?

 ショックだったけど、話はそれだけじゃ終わらなかった。
 その日の練習中、先生に指名されて、一人一人順番にみんなの前で踊ることになったんだけど、私の番になった時、長嶺さん達が、クスクスと笑ってた。
 私のこと笑ってる? キモイって思ってる?
 そう思うと怖くなって、今までしたことないミスを何度もやった。
 そしてそれからも、そんな陰口は続いた。
 見てて笑える。キモイ。ブスがダンスをやるんじゃない。
 私から離れたところで、だけどギリギリ聞こえてくる距離で、そんな話をしてるのを何度も聞いた。

 私はブスで、そんなのがダンスやってもキモイだけ。そう思い知らされた私は、それからしばらくして、ダンス教室をやめちゃった。
 それに、自分の顔が嫌いになって、前髪を伸ばして隠すようになったんだ。

 けど亜希じゃなく奈津としてなら、スートのみんなと一緒なら、そう言われることもなくなるかもしれない。また人前で、ダンスを踊れるようになるかもしれない。
 そう思ったから、みんなと一緒にダンスコンテストに出ようって決意できた。

 なのに長嶺さんを見たとたん、そんな気持ちが一気にしぼんでいくようだった。
 嫌な記憶が蘇ってきて、体の芯から震えてくる。
 そんな姿を九重くんに見られたくなくて、逃げ出した。
 何度も深呼吸して、落ち着こうとする。

「──奥村さん。奥村亜希さん」
「えっ?」

 急に名前を呼ばれて、思わず返事をする。
 そして声の主を見たところで、ブルリと体が震えた。

 そこにいたのは、長嶺さん。
 長嶺さんは、私の姿をまじまじと見つめながら、ニヤリと口角を上げる。

「ふーん。まさかって思ったけど、本当に奥村さんだったんだ」

 ま、まさか、私が亜希だってことがバレた!?

「ち、違う。私……いや、俺は、亜希じゃなくて奈津……」
「亜希? 私は、奥村さんって言っただけよ。なのに、どうして亜希なんて出てきたの? それに、さっき私の名前を呼んだわよね。なんで知ってるの?」
「それは……」

 まずい。完全にバレてる。
 黙っていると、長嶺さんは話を続けた。

「驚いたわ。ずいぶん前にダンス教室やめたと思ったら、男の子の格好してスートのみんなと一緒に踊ってるなんて。同じ教室に通ってた仲間として嬉しいわ。ねえ、どうしてそんなことになったの?」

 何があったかなんて、簡単には説明できなくて、押し黙る。
 それに長嶺さん、嬉しいって言ってるけど、その目はちっとも笑ってなかった。
 お前なんかがスートのみんなと一緒にいるんじゃない。そう思ってるように見えるのは、私の被害妄想なのかな?

「あーあ。でもショックだなー。奥村奈津くん、けっこうかっこいいと思ってたんだけど、正体があなただったなんてね」
「ご、ごめん……」
「スートのファンの中ではあなたのことけっこう有名になってるんだけどさ、正体が女の子だってことや、ダンス教室に通ってた頃の話、みんなにしたらどうなるかな?」
「────っ! だ、ダメっ!」

 そこでようやく、声をあげる。
 それは、絶対にダメ。もしも奈津の正体が私だって知られたら、たくさんの人をガッカリさせるかもしれない。それにダンス教室の話って、何を言うつもりなの?

 そんなの、スートのファンに知られたら、そしてスートのみんなが知ったら、いったいどう思う?
 本当は女の子だってことも、昔何があったのかも、絶対に知られたくなかった。

「お、お願い。私が亜希だってことも、ダンス教室のことも言わないで。他の人にも、スートのみんなにも」

 頭を下げてお願いするけど、そんな私を見た長嶺さんは、実に楽しそう。

「なに? もしかして、スートのみんなにも隠してるの? 女の子だってことも?」
「う、うん……」
「そうなんだ。それじゃ、バレたら大変なことになるかもね」
「だ、だから、言わないで」

 次に長嶺さんに何を言われるかと思うと、怖かった。
 今の彼女の笑顔は、私をブスだと言い、ダンスしているのを見て笑っていた時と、凄く似ている気がした。