二人で祭りを回るなんて、デートみたいだな。
 うっかり出そうになった言葉を、慌てて飲み込む。

 奈津は男だ。
 実際は亜希っていう女だが、本人はバレてるって気づいてない。
 なんでそんなことしてるかは知らないけど、隠してるなら知らないふりをするって決めたんだ。
 奈津でも亜希でも、一緒にいて楽しいのは変わりないからな。

「それで、恭弥。行きたい場所ってある?」
「そうだな。とりあえず何か食べるか。コンテストが始まるのは午後だし、少しは食べといた方がいいだろ」
「そうだね。じゃあオレは、あれにしようかな」

 そう言って奈津が指さしたのは、クレープ屋。
 早速二人で並ぶと、奈津は苺とチョコとチーズケーキがこれでもかってくらい大量に入った、特大サイズを注文していた。

「それ、一人で食べるのか?」
「そうだけど、変かな?」
「いや、いいんじゃないか」

 俺もクレープを買って食べたが、奈津の方が量が多い分、食べるのに時間がかかる。
 俺が完食したのを見て食べるペースを上げたが、クレープを一気に食べると大変なことになる。

「おい。顔に思いっきりクリームついてるぞ」
「えっ、どこ!?」
「左のほっぺたのところだ」
「わわっ! 見ないでーっ!」

 真っ赤になって大慌てで叫ぶ奈津。
 けど悪いが、見ないなんて無理だ。
 クリームつけて騒ぐ姿、めちゃめちゃ可愛いんだよ。

「むぅ……そんなに笑うことないじゃない」

 さっきまでクリームのついてたほっぺたを膨らませるけど、ちっとも怖くないどころか、むしろドキッとする。
 奈津が本当は女だってわかってから、こんなことはしょっちゅうだ。

 奈津を男扱いするのに一番苦労するのはここなんだよな。
 どういうわけか本人に可愛いって自覚はないし、亜希の時は前髪で顔を隠してるけど、素顔を知ったら他の男子も放っておかないだろう。
 そう思ったら、胸がザワザワする。

「なあ、奈津」
「なに? また何かついてる?」
「いや、そうじゃなくて、亜希のことなんだけど……」

 奈津とは、これからも仲間として、仲良くやっていきたい。けど亜希は亜希で、その可愛さを俺だけが知ってるうちに、もっと仲良くなりたい、近づきたいって思った。
 その時だった。

 急に全く別の声が、俺たちの間に割って入ってくる。

「あの、スートの恭弥くんですよね」

 そこにいたのは、俺達と同じくらいの女子。
 見覚えはないしうちの学校の生徒でもなさそうだが、知らないやつに話しかけられるのは珍しくない。

「私、昔ダンス教室に通ってて、ダンス好きなんです。今日のコンテスト、応援してますね」
「おおっ、ありがとうな」

 こんな風に応援してくれるのは、素直に嬉しい。
 せっかくだから、俺だけでなく奈津も紹介しといてやるか。

「じゃあ、コイツのことは知ってるか? 今日、俺達と一緒に踊るんだけど」
「はい。奥村奈津くんですよね」

 奈津のことも知ってるのか。
 何度か動画に出てもらって宣伝した甲斐があった。
 直接応援してもらえたら、奈津だって嬉しいんじゃないか。そう思って奈津を見る。
 だけど奈津の表情は、想像していたのと全く違ってた。

「な、長嶺さん……」

 震えるような声が、微かに漏れる。
 顔色は真っ青で、まるで怯えているようだった。

「奈津、どうしたんだ?」

 緊張しているのかと思ったが、そんなのとは明らかに様子が違う。

 長嶺っていうのは、この子の名前か? 二人とも、知り合いなのか?
 長嶺って子も、奈津がどうしてそんな反応をしているのかわからないようで、不思議そうに首を傾げる。
 だがやがて、何かに気づいたように息を飲む。

「あなた、まさか……」

 何か言いかけた、その時だった。

「ご、ごめん! オレ、用事を思い出した!」

 長嶺の言葉を打ち消すように、急に奈津が叫び出す。
 そしてクルリと俺達に背を向け、そのままそそくさと去っていく。

「おい、奈津!」

 呼び止めたけど、振り返りもしない。用事って言ってたけど、こんなのどう見ても不自然だろ。
 そして長嶺も、少しだけ何か考えるような素振りを見せ、それから奈津を追いかけ走り出した。

「なんなんだ、いったい?」

 何が起きているのか、ちっともわからない。
 だが怯えるような奈津の様子を思うと、なんだか嫌な予感がした。