「加那芽兄様、お戻りになってたんですね」

「今日の午前中にね」

加那芽兄様は昨日の夕方から、取り引き先の重役と会食に行っていた。

今朝になっても戻ってきていなかったから、そのまま別のお仕事に向かわれたんだと思っていたのだが…。

「それで…その、何か僕に御用ですか?」

わざわざ帰ってくるのを待っていたってことは、何か用事があるのかと思ったが…。

「用事?可愛い弟の顔を見るのに、特別な用事が必要なのかい?」

とのこと。

別に、特段用事がある訳ではないらしい。

「強いて用事があるとすれば、小羽根をお茶に誘おうと思ってね」

え?

「老舗和菓子店の、美味しいいちご大福を買ってきたんだよ」 

と言って、加那芽兄様は和菓子屋の紙袋をさっと見せてくれた。

いちご大福…ですか?

「昨日の会食、本当は断るつもりだったんだよ。小羽根との楽しいディナーをフイにして、シラケた顔のおっさん連中と会食なんて冗談じゃないと思ったから」

取り引き先の重役さん達に謝ってください。

彼らには何の罪もない。

「でも、よくよく調べたら、会食の会場の近くに、この有名な和菓子があることが分かってね」

「は、はぁ…」

「ここのいちご大福を買って帰ったら、小羽根が喜ぶと思ったから、会食に参加したんだよ」

つまり加那芽兄様は、会食に参加する為に出掛けたのではなく。

いちご大福を買いに行くついでに、会食に参加しただけだと。そういうことですか?

やっぱり、取り引き先の重役さん達に謝ってください。

「ところが、その会食が予想外に長引いてね…。全く、シラけたおっさん達の会話と来たら、内容までシラけててつまらなかったよ」

「そんなこと言っちゃ駄目ですって」

「ようやく解放されて、本来の目的だった和菓子屋に行ってみたら…」

本来の目的って、自分でもはっきり言っちゃってるし…。

「既に営業時間が終わっていた。…あの時の私の絶望が分かるかい?腹いせに、あのシラけた重役達を撃ち殺そうかと思った」

八つ当たりじゃないですか。

彼らには何の罪もない。

「小羽根にいちご大福を食べてもらおうと思って、わざわざあんな遠方まで出掛けていったのに、手ぶらで帰ったんじゃ意味がないだろう?」

「…良いじゃないですか。会食に参加したんだから…」

「私の頭の中には、いちご大福を頬張って可愛らしく微笑む小羽根の顔が浮かんでいたんだ。これを見ないことには、私は自分が許せない」

真顔で何を言ってるんですか。加那芽兄様。

「そこで、現地で一泊して、翌日…つまり今日だね、改めて和菓子屋に行って、いちご大福を買ってきたんだ」

昨日帰ってこなかったのは、それが理由だったんですね?

昨日の仕事は会食だけだと聞いていたのに、深夜になっても帰ってこない…どころか。

朝になっても帰っていなかったので、どうしたんだろうと思っていたら。

まさか、いちご大福の為だったとは…。

…僕の心配を返してください。