…?

…何なんだろう。この絵は。

「…」

僕は思わず無言で、じっと画用紙を見つめてしまった。

…なんて言ったら良いのか…。

「…おい、小羽根。そんな真面目に見なくて良いんだぞ。まほろが適当に描いてるだけだ」

無言で天方部長の絵を見つめる僕に、佐乱先輩が横から声をかけた。

あ、そうですか…。

「天方部長…。これは何の絵なんですか?」

画用紙は一面真っ黄色の絵の具で塗られ、そこに黒い横線が一本、引いてあった。

…何処かの国の国旗?

すると天方部長は、よくぞ聞いてくれたとばかりに自信満々に答えた。

「抽象画って奴だよ」

「ちゅ…抽象画…?」

「ほら、よく美術館行くとさ、ぐちゃぐちゃの線を描いただけの絵とか、一面緑色に塗られただけの絵とか、ぶっちゃけ『これの何が凄いんだ?』って思う絵がよくあるだろ?」

「は、はぁ…」

「あれなら自分でも描けると思ってさー。描いてみた!どう?なんかそれっぽくね?」

「…」

…済みません。ノーコメントです。

分かりますよ。僕も加那芽兄様の影響で、これまで様々な著名な絵画を見てきましたから。

天方部長の言ってることは、僕にもよーく分かります。

抽象画を理解するのって難しいですよね。

幼い頃は、「これなら僕でも描けるのでは?」と思ったこともあった。

しかし、今では分かる。そういうことじゃないんだって。

「…天方部長。本当に優れた抽象画は、芸術的感性に秀でた人が見ると、すぐに傑作か駄作か判断出来るそうです。優れた抽象画というのは、その一見適当に描いた子供の落書きのような絵の奥に、見る人に訴えかけるエネルギーのようなものを感じるそうです」

「…」

「ただ適当にそれっぽく描いただけでは、訴えかけてくるものは何もありません。絵というのはそもそも、それを描くことによって作者の思いや情熱を見る人に伝えようと、」

「も、もうやめたげてよっ!」

天方部長、涙目。

あぁ、済みません…。つい力説してしまった。

「後輩君の芸術に対する情熱が凄い!何?君もしかして将来は芸術家を目指してたりする?」

「別に…目指してませんけど…」

加那芽兄様ならまだしも、僕に芸術家は無理ですよ。

「ただ…天方部長があまりに浅はかなので、ちょっと腹が立ったと言うか…」

「ぐはっ!後輩君が辛辣!」

絵が苦手だからって、抽象画…っぽいものを描いて誤魔化そうとしたって、そうは行きませんよ。

それなら、自分が絵を苦手なことを自覚して、棒人間とへのへのもへじのみを極めようとする弦木先輩の方が、まだ好感が持てる。

…って、何度も言いますけど、僕も偉そうなこと言える立場じゃないんですけどね。