佐乱先輩のデッサンは、水の入ったペットボトルをモチーフにした、とてもシンプルなものだった。

本人は絵心がないと言っていたが、僕は佐乱先輩のデッサン、充分上手いと思う。

「何処かでデッサンの勉強…したことがあるんですか?」

「まさか。見様見真似。我流だよ」

我流でこれなんですか。レベル高過ぎません?

佐乱先輩も…久留衣先輩も、クーピー限定だけど、生まれながらの絵画の才能があるんですね。

羨ましい…。

…一方。

「俺も褒めてくれて良いんですよ、小羽根さん」

「あ、はい…」

弦木先輩が、僕に声をかけてきた。

どうやら弦木先輩も、スケッチブックに絵を描いているようだ。

ところで先輩方、何で絵を描いているんですかという当然の疑問の前に。

弦木先輩の手元のスケッチブックを見て、僕は思わず悲鳴をあげそうになった。

「な…何なんですか、それは…?」

「見ての通り…棒人間です」

ぼ、棒人間?

よくよくスケッチブックを見てみると、シャーペンで描いた、無数の棒人間がびっしりと並んでいた。

不気味…。

一体一体は普通の棒人間なんだけど、これだけびっしり並ぶと不気味ですよ。

「な…何で棒人間なんですか…?」

棒人間アートですか。弦木先輩の芸術的センスが分からない。

「俺、絵を描くの苦手なんですよ」

シャーペンをくるくるとペン回ししながら、弦木先輩が答えた。

は、はぁ…。

「唯一描けるのが棒人間と、それからへのへのもへじだけなので、それだけ描いてるんです」

と言って、弦木先輩は更にスケッチブックの別のページを捲って見せてくれた。

すると今度は、無数の大小のへのへのもへじがびっしりと並んでいた。

ひぇっ…。

「どうですか?何だか高尚な芸術って感じがしません?」

「えぇと…。…スケッチブックが勿体ないなと思いました…」

「…意外とはっきり言いますね、あなた…」

あ、済みません…。つい、本音が…。

こんな無数の棒人間とへのへのもへじ、スケッチブックに描かなくても。

それこそ、久留衣先輩が使ってるような自由帳で充分なのでは?

かく言う僕だって、大して絵が上手い訳でもないのに、スケッチブックを浪費している身だから。

人様に偉そうなことは言えないんですけどね。

でも、やっぱり勿体ない。

と言うか…。棒人間とへのへのもへじしか描けないくらい絵が苦手なのなら、何で描くんですか…?

すると、今度は。

「おいおい、後輩君。今度は自分の作品を見てくれよ」

天方部長が、僕にそうせがんだ。

あ、はい…。天方部長の作品…?

「ど、どんな作品なんですか…?」

「これだよ、これ」

と言って、天方部長は大きな画用紙を見せてくれた。