か…加那芽兄様が、子供の頃に描いた絵?

あの上手な絵が?

冗談を言ってるんじゃないかと思ったが、加那芽兄様が冗談を言うはずもなく。

あ、でも、思い当たる節がある。

この家に飾ってある絵の全てに、隅っこに小さなイニシャルが書いてあった。

「K.S.」というイニシャルが。

作者の名前なんだろうと思っていたが、あれはもしかして、「無悪加那芽(さかなし かなめ)」のイニシャルだったのか。

「か…加那芽兄様が描いたんですか?あの絵…全部…」

「そうだね」

そんな何でもないことのように。さらっと。

「…玄関に飾ってあるのも?食堂や、廊下に飾ってあるのも…?」

「勿論だよ。食堂に飾ってあるのは、確か私が今の小羽根と同じ歳のときに描いたものだったかな」

と、微笑みながら教えてくれた。

嘘でしょう?

僕は、食堂にデカデカと飾ってある絵を思い出した。

長閑な田園風景を描いた、20号サイズの立派な絵。

あれを…加那芽兄様が。

しかも、僕と同じ歳の頃に…?

とてもじゃないけど、今の僕にはあんな絵は描けない。

屋敷の人々から、再三「加那芽様は天才だ」と聞かされていたけれど。

その天才の片鱗を垣間見たような気がして、そのあまりの次元の違いに頭がくらくらした。

それなのに、そんなとんでもない偉業を成し遂げた加那芽兄様本人は、自分の絵画の才能を自慢するでもなく。

「まぁ、単なる趣味のようなものだね。大したことじゃないよ」

どうでも良さそうに、さらっとそう流した。

えぇぇ…。

「加那芽兄様は…画家になった方が良いんじゃ…?」

あんな素晴らしい才能があるなら、加那芽兄様は画家になって、絵を描くことを仕事にした方が良いのでは?

しかし、加那芽兄様は。

「まさか。私なんかより上手い人が、世の中にはたくさんいるよ」

また謙遜する。

「でも…あんなに上手なのに…」

「私の絵は空っぽだよ。ただ『上手い』というだけで、中身が何もないんだ」

「そ…そうですか…?」

そう言われても、当時の僕には全く理解出来なかった。

あんなに上手なのに、仕事にしないなんて勿体ないな…と思っていた。

そして、同時に、あんな素晴らしい才能を持つ「無悪家の当主代理」に感心した。

とてもじゃないけど、僕には到底敵わないと。

僕みたいな凡人とは、全く違う次元にいる人なのだと…。