…で、それは良いんですけど。

さっきから僕の話ばっかりで、ちっとも加那芽兄様の話を聞いていない。

「…加那芽兄様の方は?出張、どうでした?」

「うん?特に変わったことはないよ。まぁいつも通りと言ったところかな」

「…そうですか…」

またはぐらかされてしまった。

いつもこうだ。加那芽兄様に仕事のことを聞いても、言葉を濁すばかりで、肝心なことは何も答えてくれない。

僕にはまだ理解出来ないと思っているのか、それとも頼りないのか…。

しつこく聞いても答えてくれないのは分かっているので、別の話題にしよう。

「向こうで、少しは観光出来ましたか?」

「そうだね。半日ほどだけど自由な時間が取れて、美術館巡りをしたり、古書店で気になる本をいくつか、自分の為に買ってきたよ」

とのこと。

良かった。ちゃんと自分の為にも買い物出来たんですね。

「書庫に置いておくから、小羽根も好きな時に読んで構わないよ」

「あ、ありがとうございます…」

…その気持ちは嬉しいですよ。気持ちだけは。

加那芽兄様は出張の度に、よく現地で古い本を買うのが、趣味みたいなものなんですが。

大抵は、読むだけでも難しい外国語の本なので、僕にはハードルが高い。

それでも加那芽兄様は、そんな本でもスラスラ読めるんだろうな…羨ましい。

「それから、美術館で画集も買ってきたんだよ」

「そうなんですか?」 

「うん。美術館巡りをしていたら、なかなか良い絵が何点かあってね…。あれは、是非小羽根にも見せてあげたかったね」

加那芽兄様が「良い」と言うくらいなら、きっと素晴らしい名画だったんでしょうね。

僕も見てみたかったな。…僕には、加那芽兄様ほどの審美眼はないですが。

「どんな絵だったんですか?」

「小羽根がそう聞くと思って、せめて画集だけでも買ってきたんだよ。早速見てみるかい?」

僕が頷くと。

「…ほら、これだよ」

加那芽兄様は、外国で買ってきたお土産の画集を持ってきて。

その1ページを開いて、僕に見せてくれた。

おぉ…。本物じゃなくて写真でも、充分迫力がありますね。

これは確かに、実物を見てみたかったかも。

「素敵な絵ですね…。でも、これ、何処かで見たことがあるような…」

「小羽根に見覚えがあるのは当然だよ。これは、『ルティス帝国英雄伝』の一節を絵にしたものだからね」

加那芽兄様にそう教えられて、納得した。

『ルティス帝国英雄伝』と言えば、有名な冒険譚だ。

この国では、大人でも子供でも知っている。

絵本になったり漫画になったり、時には、こうして絵画の題材にもなっている。

「言われてみれば、そうですね。えぇと、確かこのシーンは…」

「主人公のルシファーが革命軍を組織して、革命軍の仲間に呼びかけを行っているワンシーンだね」

「そうですね」

『ルティス帝国英雄伝』の中でも、数ある有名シーンの一つである。

個人的には、革命軍のリーダーである主人公ルシファーが、決戦前夜に親友のルカと語り合い、互いの絆を確かめ合うシーンが好きだ。

勿論、加那芽兄様のお気に入りの絵、このシーンも好きですよ。

こんな素晴らしい名画を見られたなんて…。加那芽兄様が羨ましいな。