加那芽兄様は優しいから。

僕がこれまで、何かに失敗しても、責められたことは一度もない。

いっそ叱り飛ばしてくれれば楽なのに、いつも僕を優しく励ましてくれる。

本当…加那芽兄様は、僕に甘い。

だからいつも、結局、僕は自分の失敗を自分で反省するしかないのだ。

優しく励ましてくれる加那芽兄様に、あぐらをかかないでいられるように…。

「小羽根の作ったお菓子…。もしこの目で見ることが出来たら、神棚に祀って一生拝んでいただろうに…」

「…」

…何を呟いてるんですか。加那芽兄様。

「…兄様」

「あの小さかった小羽根が…エプロンをつけて厨房に立ようになって…。是非この目で見たかった」

「兄様ったら」

ちょっと。こっちに帰ってきてください。

…でも、まぁ、そんなに言うなら。

「今度、また部活で別のものを作ったら…その時は、加那芽兄様にもお裾分けしますよ」

「…!本当かい?」

「はい」

「…よしっ…!」

加那芽兄様、渾身のガッツポーズ。

一体何がそんなに嬉しいんだか…。僕の下手くそな料理ごときが…。

「…あんまり期待しないでくださいね。僕、まだ料理が下手なので…それに、先輩方も一人を除いて、料理が得意な方がいなくて…」

「大丈夫だよ、小羽根。物凄く期待してるからね」

何が大丈夫なんですか。期待しないでくださいって。

「…それよりも、小羽根」

それよりもって何ですか。

「君の所属してる…料理研究部の部員のことだけど」

「…はい?」

「同級生はいるのかい?それとも、全員が先輩?何人いるんだい?」

あ、えぇと…。

「部員は、全員で9人いるそうなんですけど…。そのうち4人は幽霊部員なので、活動しているのは他の5人だけで…。僕以外は全員、二年生の先輩です」

「ふむ、先輩か…。…小羽根の同級生に関しては、名簿を入手して全員の素性を調べたんだけど、さすがに二年生、三年生の名簿までは手に入らなかったからね…」

「…」

「でも、小羽根が料理研究部に所属するなら、その先輩達の素性を調べておく必要があるね」

「…」

「それで、小羽根。その先輩達の名前は?」

加那芽兄様は、メモ帳とペンを手にして僕に聞いてきた。

「…聞いて、どうするつもりなんですか?」

「別に、何もしないよ。ただの興味本位だ。小羽根に悪い虫がつかないよう、そいつの素性を調べて、二、三弱みを握っておこうと思ってるだけだからね」

それは「何もしない」のうちに入らないのでは?

「…変なことはしないでくださいね。個性的ですけど、良い先輩ばかりですから」

「勿論、分かってるよ」

にこりと微笑む加那芽兄様の顔が、これほど胡散臭く思えたことはない。