自分の部屋に帰って、通学鞄を置いて制服を着替えると。

僕は、加那芽兄様と共に中庭に向かった。

昔から、天気の良い午後はこうやって、中庭のテーブルについて、紅茶を飲みながらおしゃべりをするのが、僕と加那芽兄様の恒例行事のようなものなのだ。

加那芽兄様お気に入りの、紅茶専門店で購入した最高級茶葉を使った紅茶を、兄様が手ずから淹れてくれた。

出張から帰った時はいつもそうだ。加那芽兄様が、自分で紅茶を淹れてくれる。

「はい、どうぞ。小羽根」

「ありがとうございます」

加那芽兄様が差し出してくれたティーカップから、非常にふくよかな、芳醇な香り。

うん、良い香り。

「それから…こっちはお土産のお菓子」

と言って、加那芽兄様はお皿に乗せたクッキーを僕の前に置いてくれた。

う…。トラウマのクッキー。

「小羽根が甘いものを好きだからと思ってね」

「そ…そうですね。ありがとうございます…」

いつもだったら、素直に喜べるんですけど…。

最近、ちょっと…手作りのチョコチップクッキーに失敗してからというもの、まともなクッキーを食べると、あまりの落差にへこむ。

加那芽兄様に悪意がないのは、百も承知なんですけどね…。

「…?小羽根、どうかしたかい?」 

「え?いや、な、何でもないです」

「クッキー…好きじゃなかったかな」

「そ、そんなことないですよ。大好きです。…いただきます」

僕は、加那芽兄様が買ってきてくれたクッキーに手を伸ばした。

甘くてしっとりとした、濃厚なバターの味が口いっぱいに広がる。

美味しい…。これは美味しい。

「どうかな?小羽根…」

「これ…凄く美味しいです」

「それは良かった。小羽根に喜んでもらえると、選んだ甲斐があったよ」

僕の作ったチョコチップクッキーの、軽く10倍は美味しい。

やっぱり、クッキーはこうじゃないとなぁ…。

しみじみと、加那芽兄様のお土産のクッキーの味が染み渡る。

「加那芽兄様と一緒だから、余計美味しく感じるのかもしれませんね」

「…小羽根は、不意打ちでそういう可愛いことを言ってくれるから困るな…」

…何言ってるんですか。加那芽兄様。

別にそんな…真剣な顔して呟くようなことじゃありませんよ。

「…あぁ、そうだ。小羽根にもう一つお土産があるんだ」

「え?」

お土産…クッキーだけじゃないんですか?

「これだよ。気に入ってもらえると良いんだけどね」

と言って、加那芽兄様は洒落た小さな紙袋をプレゼントしてくれた。

…これは…?

「ありがとうございます。…えっと、開けてみても良いですか?」

「勿論だよ。どうぞ」

紙袋の中身を開けて中身を見てみると、立派なケースに入った…、

「…財布…?」

「あぁ、そうだよ」

…しかも、ただの財布ではない。

シックなグレーの長財布には、見覚えのあるブランドのロゴマークが入っていた。

…え。これってもしかして。