ーーーーー僕が無悪本家の家にやって来て、約10年が経った、とある春の日。

「…よし」

僕はその日、真新しい制服に身を包み、自室の鏡の前に立った。

…うん、準備は大丈夫。

そろそろ出掛けよう。

制服と同じく、真新しい学生鞄を掴み。

去年の誕生日に加那芽兄様にもらった腕時計を、左手の手首に嵌め。

さぁ行こう、と自分の部屋を出ようとした、その時。

部屋の扉が、コンコンとノックされた。

「あ、はい」

「小羽根坊ちゃま。そろそろお時間ですよ」

扉の向こうから、聞き慣れた声がした。

この屋敷で長く働いてくれている、使用人の志寿子(しずこ)さんである。

「はい、今行きますね」

部屋の扉を開けると、僕の制服姿を見た志寿子さんは、それは驚いた様子だった。

「…?どうかしました?」

「まぁ、制服姿がよくお似合いですこと」

「あ、えっと…ありがとうございます」

そう言われると、何だか照れ臭いような…。

お世辞だとは分かっているけど、やっぱりちょっと嬉しい。

「是非、加那芽坊ちゃまにも見てもらいたかったですね。きっとお喜びになったでしょうに」

「…そう…ですね」

今、ここに加那芽兄様がいないのが残念だ。

でも、それは仕方のないことだから。

「そろそろ時間なので、行ってきます」

「はいはい、行ってらっしゃいませ」

使用人さんと言うよりは、優しい近所のおばさんといった雰囲気の、笑顔で手を振る志寿子さんに見送られ。

僕は、今日から通うことになる新しい学校の入学式に参加する為に、家を出た。