わざわざ追加料金なんてもらわなくても、暇なんだから、僕が自分で焼きますよ。

いよいよ、初めてのお客さんですね。

…とはいえ、そのお客さん、加那芽兄様なんですけど…。

ともあれ、どんな形であれ、お客さんが一人でも来てくれて良かった。

僕は、この日初めての、一枚目のクレープを焼いた。

練習の成果もあって、失敗せずに焼けました。

そこにホイップクリームと抹茶アイス、あんこを巻き、仕上げに抹茶パウダーを振り掛け。

紙に包んで、プラスチックの小さなスプーンを添えて、出来上がり。

記念すべき、『クレープ・メルヘン』の初クレープである。

そう思うと、何だか感慨深いですね。

「はいっ…。お待ちどおさまです」

「ありがとう」

加那芽兄様は、抹茶クレープを受け取ると。

「…小羽根が私の為に作ってくれたクレープ…!」

…何やら、一人で感動していらっしゃる。

「写真、写真。写真に撮っておこう」

スマホを取り出して、カシャカシャカシャ、と連写。

「ついでに動画も…」

とか言って、クレープを360度くるっと回す様子を、動画撮影。

…何してるんだろう。この人。

「美しい…。小羽根が私の為に作ってくれたクレープ…」

「…」

「このまま冷凍保存…いや、防腐処理を施して、一生寝室に飾っておきたい…」

…どうしよう。加那芽兄様がまた、変なスイッチ入っちゃった。

「…なぁ、お前の兄貴って結構ヤバいヤツ?」

「店の前に怪しいお兄さんがいると、営業妨害なのでは?」

李優先輩と唱先輩が、真顔で呟いた。

…恥ずかしさのあまり、顔から火が出そうですよ、僕は。

「加那芽兄様…!店の前でつまらないことやってないで、早く食べてください」

「ちょっと待つんだ小羽根。食べたら勿体ない。これはただのクレープじゃないんだ」

「ただのクレープですよ、そんなの」

「小羽根が私の為に、そう、私の為に作ってくれたクレープなんだ。黄金の価値、いや、黄金以上の価値があるものだよ…!」

何を言ってるんですか。皆の前で。

恥ずかしいからやめてください。

「そんな価値はないですよ…!クレープくらいいつでも、いくらでも作りますから…!」

今回の経験で作り方は分かったから、材料さえ揃えれば、今後はいつでも作れますよ。

欲しかったらいつでも作りますから。

しかし、変なスイッチモードが入った加那芽兄様には、全然通じない。

「おっと、そうだ。SNSで拡散しておかないと。『拡散希望 今日しか食べられない絶品クレープ』、っと…」

ちょっと。加那芽兄様は仕事の都合上、SNSのフォロワーが多いんだから。

こんなどうでも良いことを、わざわざ拡散させないでください。

…まったくもう…。

…この時の僕は、加那芽兄様がSNSで「拡散希望」することに、どのような意味があるのかを、正しく理解していなかった。