「へ、変なことは何もしてませんよ。ちゃんと、レシピ通りに…」

「本当だろうな?変なアレンジしてないだろうな。そのコーヒーシロップ、何を混ぜたんだ?」 

信用がないのか、それとも周りの先輩達が自由奔放過ぎて疑心暗鬼になっているのか。

疑り深い佐乱先輩は、僕の手元をじっと睨みつけた。

ひぇっ…。

「え、えぇと…。インスタントコーヒーに…。お砂糖とお湯を入れて…」

「…」

「それから…あの、浸している間に、生クリームを泡立てようかと…」

ボウルと、氷水と、ハンドミキサーを用意していたところです…。

な、何か怒られるようなことしましたか?

「え、えぇと…。佐乱先輩…?」

機嫌を損ねたのかもしれないと、恐る恐る声をかけてみたところ。

「…いや、ごめん。お前があまりにまともだから、逆に反応に困った」

「えぇ…」

佐乱先輩は、真顔でそう言った。

…それは理不尽ですよ。先輩…。

僕は何も怒られるようなことはしていないというのに…。

「お前がそんなにまともなら、ティラミス作りは小羽根に任せるよ。そのまま、レシピ通り作ってくれ。良いか、くれぐれもレシピ通りにな」

そんな何度も念を押さなくても、僕はレシピに書いていない勝手なアレンジはしませんよ。

何処ぞの先輩方じゃないんだから。

「分かりました…。頑張ります」

「あぁ…悪いな」

僕が一番下っ端の新入部員なのに、まさかティラミス作りを一人で任されることになるとは…。

僕だって、ティラミス作りなんて初めてだし、そもそも学校の調理実習以外で料理を作るのだって初めてなのに…。

…しかし。

「…?…??李優、何だかパスタがギトギトのトロトロになっちゃったー」

「は?何でそんなことに…って、馬鹿!生クリームにオリーブオイルを1:1で投入するアホがいるかっ!」

「李優さん。何だかピザ生地がボソボソして全然まとまらないんですけど。これ、レシピ間違ってません?」

「間違ってるのはお前の頭の中だ。レシピのせいにするな!」

「李優君、見てこれ。チーズリゾット完成!」

「生臭っ…。チーズじゃないだろ、それ。アクアパッツァにする予定だったのに…勝手にシーフードリゾットにするな!」

…あぁ。佐乱先輩の胃痛が加速する。

…せめて僕だけは、佐乱先輩の手を煩わせないように、頑張ってティラミス作ろう…。

僕は先輩達の阿鼻叫喚な調理台を見ないようにして、隅っこの方で生クリームを泡立て始めた。