…入部初日のパイナップルピザの時とは、また違う意味で阿鼻叫喚であった。

「ピザ作りは二回目ですから、そろそろ慣れてきましたねー」

「ちょっと待て。慣れてないだろ。それは強力粉じゃなくて片栗粉だ!」

「えーと、美味しいペペロンチーノの作り方は…。温めた生クリームに、卵を入れて…」

「萌音。それはペペロンチーノじゃなくてカルボナーラの作り方なんじゃないのか?」

「李優くーん!なんか、米がべっちょべちょの上にカッチカチなんだけど!何で?」

「はえーよ!あと、火が強過ぎ!もっと、弱火でじっくり炊くんだ!」

それぞれ調理に取り掛かる先輩達を、佐乱先輩が一人で監督している。

…佐乱先輩、過労死寸前。

僕が入部した初日、何でパイナップルピザがあんなことになっていたのか、理解出来た気がする。

佐乱先輩がいなかったら、そりゃそうなりますよ。

だって、この先輩達。

「えーっと、40℃のぬるま湯を少しずつ混ぜる…?別に水で良いでしょう」

弦木先輩は、レシピに書いてあることを無視して。

ぬるま湯を入れなさいと書いてあるのに、蛇口を捻って出てきた冷え冷えの水道水を、一気にドバッ、と投入。

あぁ…止める暇もなく…。

レシピの指示に従わず、勝手に工程を省略したり簡略化したり…。

…更に。

「フライパンにバターを入れて溶かして…。それから粉チーズをー」

「おい。さっきからお前、それカルボナーラ作ってないか?ペペロンチーノじゃなかったのかよ」

…久留衣先輩は、レシピ本のページを間違って、違う料理を作り始めているし。

ペペロンチーノとカルボナーラって…全然違う食べ物だと思うんですけど。間違えますか?普通…。

それから。

「おい。さっきここに置いておいた、アクアパッツァ用の魚の切り身とアサリは何処に行った?」

「あぁ、それ?さっきリゾットにぶち込んだ!」

「…」

アクアパッツァを作ろうとしていた佐乱先輩の問いに、天方部長が「テヘペロ☆」みたいな顔で答えた。

…正気ですか?

レシピを完全スルーして、レシピに書いていない食材を勝手に投入。

チーズリゾットのはずが…。勝手にシーフードリゾットに…。

しかも、魚の切り身の下処理も何もなく、パックに入っていたものをそのまま投入しているせいか。

物凄く生臭い匂いが漂っている。

下処理していない魚介類の生臭さと、濃厚なチーズの香りが絶妙にマッチして…。

…早くも、食欲をそそられない異臭が漂い始めていますね。

「お前ら…この、勝手に…」

佐乱先輩のこめかみに、ピキピキと血管が浮き立っていた。

ひぇっ…。

しかも、その佐乱先輩は鬼のような形相で、くるりとこちらを振り返った。

「おい、小羽根」

「は、はいっ…。何ですか?」

その凄まじい眼光に、僕はオオカミに睨まれた羊のように震え上がった。

「お前も変なことしてないだろうな…?」

「え、いや、あの…」

僕は、ティラミス作りの為に、スポンジケーキをコーヒーシロップに漬けているところだった。