…それから数時間。帰宅後。




「ふー…。ただいま…」

「…小羽根」

「うわっ」

帰って早々、加那芽兄様が、柱の陰からこちらを見ていた。

「び、びっくりした…。そんなお化けみたいに見ないでくださいよ…」
 
「小羽根がなかなか帰ってこないから…そろそろ、知り合いのマフィ、いや、怪しい仕事の人達に依頼して、小羽根を捜索してもらおうかと思ったよ」

ちょっと加那芽兄様。知り合いの…何ですって?

今のは聞かなかったことにしておきますね。

知り合いの…マフィンですねきっと。マフィン美味しいですもんね。うん。

「捜索なんてしなくても…。ちょっと、学校を出るのが遅くなっただけですよ」

「そういえば、今は創立記念祭の準備期間中なんだっけ…」

「はい」

創立記念祭の準備期間だけは、下校時刻が通常の下校時刻より少し遅くなるのである。

お陰で、ギリギリまで練習出来た。

…と言っても、まだまだ成果が出ているとは言えないが。

「ちっ。下校時刻の延長なんて、姑息な真似を…。生徒の拘束時間を増やすなんて不当だって、教育委員会に訴えてやろうか…」

ぶつぶつ、と怪しいことを呟く加那芽兄様。

やめましょう。

「仕事から帰ってきて、小羽根の顔を見て癒やされるのが、一日で一番至福の時なのに。その時間が短縮されるなんて冗談じゃな、は!?」

「はっ?」

な、何ですかいきなり。

加那芽兄様は、目を真ん丸にかっ開いて、僕を凝視していた。

「か、加那芽兄様…?どう…」

「…どうしたの、その手」

え?手?

手に何かついていただろうかと、慌てて自分の両手を見下ろしたが。

…何もついてない。

李優先輩じゃあるまいに。僕は腱鞘炎じゃありませんよ。

「…??何かなってます?」

「どうしたの、その手は!」

と言って、加那芽兄様は脱兎の如く僕の方に駆けてきて。

しゅばっ、と僕の両手を手に取った。

「指先が所々…赤くなってるじゃないか!小羽根の白魚のような手が…!」

「し、白魚って…。…ごく普通の手ですよ…」

加那芽兄様の方が手、綺麗じゃないですか。

「どうしたのこれ。まさか…」

「何でもありませんよ。これ…ただの火傷です」

「火傷!?」

火傷って言っても、軽く「熱っ!」ってなったくらいの軽度のもの。

唾でもつけておけば治る程度ですよ。

大して痛くもないので、加那芽兄様に指摘されるまで、自分でも気づかなかった。

確かに、明るい場所でよくよく見ると、ちょっとだけ指先が赤くなってますね。

触ったり、お風呂に入ったりしたら、ちょっとヒリヒリするかもしれないが。

放っておいても、多分明日には治ってると思う。

絆創膏を貼る必要もない、軽い軽い火傷。

それなのに。

加那芽兄様は、まるで核爆弾でも見るかのような反応だった。