僕が戦慄していることも気づかず、加那芽兄様は嬉しそうに語った。

「いやね?女と一緒にいるんじゃないかって心配だったんだよ。私の小羽根は純真で純朴な良い子だから、悪い女に騙されたんじゃないかって…」

「…」

「小羽根の身の安全を守る為に。そう、小羽根の為にね?念の為に、スマホにGPS発信装置をつけてて正解だったよ。探ってみたら、コンサートホールにいるみたいだったから、どうやら女とこっそりデートしてる訳じゃなさそうだと思ってね」

「…」

「でも、まだ安心は出来ない。私の小羽根はとっても素直な良い子だけど、最近の子供は小賢しいって言うだろう?小羽根が純真無垢なのを良いことに、コンサートホールに連れ込んでいかがわしい真似を…とも考えられる」

「…」

「そこで、私は知り合いのまふぃ、いや裏稼業の専門家に依頼して、コンサートホールの監視カメラ映像をハッキングして送ってくれるよう頼んだ訳だよ。これも小羽根の安全の為だからね」

「…」

「いやはや。さすが本職は仕事が早いね。ものの十分足らずで送ってきてくれた。すると、そのコンサートホールで、小羽根が男友達と一緒に演劇を観ていることが確認されて、ホッと一安心だよ」

「…」

「とはいえ、その男が小羽根と『あっ…』な関係になろうと目論んでいる、とも限らないだろう?そこで手を抜かないのが私の仕事の流儀。監視カメラ映像をもとに、隣に座っていた男の身元を調べなきゃならない」

「…」

「でも、その必要はなかったね。一緒にいたの、同じ部活の佐乱李優だろう?彼女がいるっていう、小羽根の一つ上の先輩。彼なら安心だよ」

「…」

「念の為に、その後の食事処での会話も盗み聞きさせてもらったけど、怪しい会話はしてなかったみたいだし。そこで私はようやく安心して、こうして優雅に小羽根の帰宅を待ってた訳だよ」

…そうですか。

僕は、無言でスマホを取り出した。

「…もしもし警察ですか。ここに悪い人がいるので捕まえに来てください」

「ちょっと待つんだ小羽根。早まったことはやめよう」

ガシッ、と肩を掴まれた。

…別に、本気で通報するつもりはないですよ。

ただ、心の底から軽蔑してるだけです。

…なんてことをしたんですか。

「加那芽兄様…。監視カメラのハッキングも、盗聴も、全部犯罪なんですよ」

「…」

黙ってそっぽを向いて、誤魔化そうとしないでください。

加那芽兄様は僕より遥かに賢いんだから、そのくらい知ってるはずでしょう。

僕はさておき、一緒に盗聴された李優先輩が気の毒。

これだったら、まだ怒られていた方がマシだったかもしれない…。

「…これはそう、必要悪というものだよ。小羽根」

あっ…加那芽兄様が、言い訳を始めた。

「私は、可愛い小羽根が変な女や男に拐かされていないか、心配だっただけなんだ。これも親心、ならぬ兄心というものだよ」

「上手いこと言って誤魔化さないでください」

「それにしても、『劇団スフィア』か。小耳に挟んだことならあるけど、実際に見たことはなかったな。面白かったかい?」

「話を逸らさないでください。…面白かったです」

「帰りに食べた牛肉乗せ丼は?」

「あれは牛丼って言うんです。…美味しかったです」

「それなら良かった」

何もかも円満に解決、みたいな顔をしないでください。

…今度から、帰りが遅くなる時は…何処で何をする予定だから大丈夫、って詳細にメールを送ることにしよう。

と、僕は心に固く決めた。