僕は、急いで帰宅した。

李優先輩には申し訳なかったけど、最早一刻の猶予もない。

駅からは、ダッシュで帰った。

息を切らし、はぁはぁと肩で息をしながら、何とか無悪家のお屋敷に到着。

「た、た、ただいま戻りました…」

「お帰り、小羽根」

「!!」

扉を開けるなり、そこに加那芽兄様が待ち構えていた。

閻魔、降臨。

言うまでもないことであるが、3桁に及ぶ不在着信、そしてメールを送ってきたのは、この加那芽兄様である。

電車の中で、恐る恐るメールを何通か確認してみたけど。

『今どこ』。『だれといるの』。『まさかおんnyaといっshhhしゃ』。『∇∣∵∌∇∶』。などと、支離滅裂な内容ばかりで。

段々と文字が乱れていくのが、恐怖感を煽ってくる。

最後のなんて、もう何を伝えたいのかまったく分からないじゃないですか。

文字化けレベルですよ。

これはヤバい。

僕は頭の中で、激怒する加那芽兄様を想像していた。

そして、自分の浅はかさを切に痛感していた。

妾腹とはいえ、仮にも無悪家の名を名乗る者が、こんな時間まで夜遊びとは。

もう少し自覚を持って行動すべきだった。

きっと怒られるに違いない、普段怒らない人が怒ると怖いって言うし、きっと加那芽兄様もそう…。

「こんなことするなら、もう部活禁止」とか言われてしまうかも。 

青ざめながら帰宅した…の、だが。

「か、加那芽兄様…」

憤怒に燃えているかと想像していた、加那芽兄様だが。

「ん?どうしたの、小羽根」

加那芽兄様は、笑顔だった。

いつもと同じ、優しい笑顔。

…てっきり怒られると思ってたから、拍子抜け感が凄い。

いや待て。安心するのはまだ早い。

その笑顔の裏で、火山が噴火しているかもしれないじゃないですか。

ここは慎重に…言葉を選んで…。

「あ、あの…加那芽兄様…」

「うん。何?」

「えっと、お、お…遅くなって、ごめんなさい」

まずは謝罪だ。何をおいてもまず謝罪。

反省する気はあります、という最低限のアピールはしておかなくては。

何ならこの場で土下座しても構いません。

…しかし、驚いたことに加那芽兄様は。

「あぁ…。構わないよ、別に。小羽根だって高校生なんだから、遅くまで友達と遊ぶくらいするよね」

「…」

おかしい。これはおかしいですよ。

早くも僕は、違和感を感じ始めていた。

加那芽兄様が仰っていることは、一見もっともだと思われるかもしれませんが。

よくよく考えてみてください。

僕の夜遊びを、こんな風に寛容に認めてくださる方が。

3桁を超える不在着信を送ってくると思いますか?

絶対有り得ません。