…およそ二時間後。





「はぁー…」

登場人物達のカーテンコールが終わり、演劇を観ていたお客さん達が席を立ち始めたが。

僕は、深々と溜め息をつくだけで、すぐには立ち上がれなかった。

…いや。本当、予想以上でしたよ。

「大丈夫か?小羽根」

そんな僕を気遣って、李優先輩が声をかけてくれた。

ありがとうございます。

ちょっと、余韻に浸ってるところでした。

「大丈夫です…」

「どうだ?感想は。面白かったか?」

「…最高でした…」

面白いという言葉では言い尽くせない感動が、そこにある。

李優先輩が初めて『劇団スフィア』を観た時に、魂が震えるほどの感動を覚えたという話。

あれの意味が分かりましたよ。

ヤバいですね。
 
僕の貧弱な語彙力で、この感動を言い表すのは難しいです。

「『ルティス帝国英雄伝』のストーリーは知ってましたけど…。あのストーリーを、こんな風に表現するとは…」

『ルティス帝国英雄伝』は長編小説であり、そのストーリーを2時間のうちに収めるのは難しい。

そこで、『劇団スフィア』の演劇では、原作のあらすじとは若干改変した、独自解釈のストーリーが織り込まれていた。

しかし、その創作は悪目立ちすることなく、上手く『ルティス帝国英雄伝』のストーリーに溶け込んでいた。

ストーリーや台詞を改変されているのに、まったく違和感がない。

「あのストーリー改変…考えた人は天才ですね」

「あぁ。『劇団スフィア』には、優秀な脚本家がいるんだ。今回の演目は『ルティス帝国英雄伝』だから、大筋のストーリーは決まってるけど…」

「けど…?」

「オリジナルの演目も上演されてて、俺も何度も観たことあるけど…。オリジナル作品も面白いぞ」

その脚本家さんがシナリオを考えた演目、ってことですよね。

良いなぁ…。ちょっと、観てみたいですね。

「特に、『異世界転生』なんか最高だったな」

何それ。流行りのライトノベルみたいな。

僕は読んだことないですけだ。ライトノベル小説…。

そして、この演目で最高だったのは、ストーリーだけではない。

「大道具と小道具、それに衣装も…。凄く凝ってましたね」

正直僕、甘く見てました。

僕がこれまで観たことがあるのは、国内でも超有名な劇団の公演。

そういう舞台で使われる大道具、小道具は、当然非常にクオリティの高いものだった。

それらに比べれば、『劇団スフィア』の大道具や小道具は、こんなこと言っちゃ失礼だろうが、しょぼいんだろうなー、なんて。

…思ってた時期が、僕にもありました。

とんでもない。有名劇団にまったく引けを取らないクオリティ。

主人公が持ってた双剣や、後半に使っていた薙刀なんて。

本物か?本物の武器なのか?って思わず疑いそうになったレベル。

きっとしょぼいだろうなんて、失礼なこと考えて、本当に申し訳ありませんでした。

「そうだろ?これでも、昔はもっとしょぼかったんだけどな」

え、そうなんですか?

「ここ数年、大道具と小道具にも力を入れ始めたらしくて、今やこのクオリティだよ。噂によると、天才小道具技師が入団して、その人が劇団の小道具を一手に引き受けてるらしい」

「へぇ…」

それじゃ、今回使われてた小道具は、その天才小道具技師の作品なんですね。

きっと、歴戦の熟練技師に違いない。