「安い言葉だけど…『こんな世界があったんだ!』って感じ。それまでの俺の世界の狭さを実感したよ」

その気持ち、痛いほど分かります。

僕も無悪家のお屋敷に最初に来た時、そう思いましたから。

「それまでの短い人生の中で、間違いなく一番感動した瞬間だったな…」

「その時のことを、李優先輩は今でも忘れられないんですね」

「まぁな。あれ以来、小銭が貯まると『劇団スフィア』のチケットを買って、観に行くようになったよ」

良いなぁ。そういう趣味って。

まほろ部長が、『frontier』のライブに行ったりグッズを買い漁るように。

李優先輩は、『劇団スフィア』のチケットを買って、公演を観に行くんですね。

「とても素敵な趣味だと思いますよ」

「本当に?…そう思うか?」

「?思いますけど…」

わざわざ念押しして聞いてくるようなことですか?

僕が怪訝そうにしているのを察したのか、

「あぁ、えぇと…。演劇鑑賞って、大抵女の趣味だろ?」

「え、そうですか?…別に…男性が観ても良いと思いますけど」

「お前、本当良い奴だな…」

えっ?

まぁ、でも…確かに、女性のお客さんの方が多い…んだろうか。

とは言っても、男性客も一定数いると思いますけど。

「これまで、趣味が演劇鑑賞だって言ったら、『男の癖に(笑)』って笑われることも多かったんだ」 

「…!そんな…男女関係ないじゃないですか。そんなの」

「小羽根はそう言ってくれるけどな。心無い奴も多いんだよ」

と、溜め息をつく李優先輩。

そんな…人の趣味に難癖をつけるなんて。しかも、男だから女だから、なんて理由で。

関係ないじゃないですか。

別に、賭け事とか、迷惑系の撮り鉄とか、人に迷惑をかける趣味じゃあるまいに。

「馬鹿にされなくても、変な顔されることも多くて…。結局、俺は自分の趣味を、滅多に口にしなくなったんだが…」

「…」

「萌音も、今の小羽根と似たような反応だったっけな。それどころか、『李優が好きなもの、萌音も観たい』とか言い出して…」

…言いそう。萌音先輩なら。

「一緒に観に行ってみたら、萌音も気に入ってくれて…。それ以来、『劇団スフィア』を観に行く時は、萌音を誘うようにしてるんだ」

あ、そうか…。それで、今回も萌音先輩と一緒に…。

…まぁ、ドーナツの食べ過ぎでダウンしちゃってますが。

「僕は李優先輩の趣味、とても素敵だと思いますよ」

「そうか…。ありがとうな。やっぱり、小羽根を誘って良かったよ」

と、李優先輩は照れ臭そうに微笑んだ。