母が亡くなって、ささやかなお葬式が開かれたその日。

当時、まだ4歳だった僕は、唐突に全ての真実と対峙しなければならなかった。

僕の父親の名は、無悪我久人(さかなし がくと)。

この国の裏社会で絶大な影響力を持つ、『無悪グループ』の代表だった人物だ。

「だった」という過去形で語るのは、僕が4歳の頃には既に、父は亡くなっていたからだ。

父は、僕が生まれて間もない頃に、亡くなっていたのだとか。

これまで一度も会ったことのない、顔も名前も知らなかった父の正体を。

初めて教えられたその時には、既に今生で父と会うことは永遠に叶わなくなっていたのだ。

母を失って、更にまだ見ぬ父親まで失ってしまった。

今となっては我ながら失笑モノだが、初めて父のことを教えられた時、僕は酷くショックで、悲しかった。

僕はそれまで、いつか自分の父親と再会して、母と一緒に三人で幸せに暮らす…なんて、お伽噺みたいな夢物語を想像していたのだ。

自分が世界の全てから愛され、大切にされて当然の存在であると、無意識に、無邪気に、子供っぽい幻想を抱いていた。

けれど、それは僕の幼稚な勘違いでしかなかった。

僕はただ、母親一人だけに愛されていただけだった。

それまでは母親が世界の全てだったから、そんな風に誤解していただけで。

僕は母以外の、誰にも愛されていなかった。そのことを、母が亡くなった後に思い知らされた。

そして、どうしてそれまで、母が父のことを頑なに話してくれなかったのかも。

僕は所謂、妾の子、という立場だったのだ。

『無悪グループ』の代表だった父には、政略結婚で結ばれた本妻がいた。

しかし、父はその本妻のことを愛しておらず、あちこちに愛人を作っていたそうだ。

母も、その愛人の一人だった。

他の愛人と違ったのは、母が僕を妊娠したことだった。

母の他にもたくさん愛人はいたらしいけど、子供が生まれたのは母だけだった。

父は愛人だった僕の母に、こっそり援助して、小さな家を与え、足繁くそこに通っていた。

けれど、僕が生まれて間もなく、その父も亡くなって。

母は寄る辺をなくし、一人きりで僕を育て。

そしてその母も、僕が4歳の時に亡くなった。

…とはいえ、そういう複雑な家庭の事情を、正しく理解したのは、それから何年も経った後だ。

その当時は、誰に何を説明されても、いまいち理解していなかった。

母が亡くなったショックで、正確に物事を考えられなくなっていた。

4歳の子供に、妾の子だの、『無悪グループ』の代表だの、隠し子だの、説明して理解しろというのも酷な話だ。

僕に分かるのは、ただ、大好きだった母と二度と会えないということと。

母がいなくなった今、最早、誰も自分を愛して、守ってくれる人はいないのだということ。

当時僕が分かっていたのは、これだけだった。

一人ぼっちになった僕の前に、僕の親戚を名乗る人物が現れた。

正確な続柄は記憶していないが、父方の遠い親戚だった。

有無を言わさずその家に引き取られて、僕の新しい生活が始まった。

その親戚夫婦は、僕を愛してはくれなかった。

僕の生まれを思えば、親戚一同に疎まれるのは当然の話だ。

だが、そのような複雑な事情なんて、あの頃の僕には分からなかった。

当時の僕に必要だったのは、母を亡くした悲しみを埋め、母の代わりに自分を愛してくれる存在。

「僕は生きていても良いんだ」と、そう思わせてくれる存在だった。