黒い人ってどういうことだ、って思うかもしれないけど。

本当に黒い人なんだ。僕の乏しい語彙力では、そうとしか表現出来ない。

その人は、肌の色以外の全て、身に付けられるものの全てが黒かった。

服も靴もピアスも、何なら爪に塗ったネイルも黒。

男性なのに何故か化粧までしていて、まぶたにつけているアイシャドウまで黒い。

ただ唯一黒くないのは、胸につけた青い薔薇のブローチだけ。

他が全部黒だから、余計その青さが際立っているように見える。

そして、その人から漂ってくる匂い。

間違いない。やっぱり、『Black Dark Perfume』の、オリエンタルノート・パフューム6番。

『Black Midnight』の香りである。

こんな癖のある香水、唱先輩以外の誰がつけるんだろうと思っていたけど。

そうか…。こういう人なんだ…。

まるで誂えたかのように、あの独特な香水の香りがよく似合っている。

その人から立ち上る、何やら妖艶な雰囲気、フェロモン(?)みたいなものが、鼻につき。

思わず、頭がくらっとしてしまいそうになるのを、必死に堪えなければならなかった。

え、えぇと…この人…僕に話しかけたんですよ、ね?

「あなた、見たところまだお若いのに、『Black Midnight』の香りが分かるとは。なかなかやりますね」

「えっ…。あっ…は、はい…」

それは、その…色々とご縁がありまして。

別に、僕が特別嗅覚に優れているとか、そういう訳では。

何せ特徴的な匂いなものだから、一度嗅いたら忘れられないって言うか…。

「それにしても、今夜のパーティーの来客名簿に、あなたみたいな若い人が載ってましたかね…」

「あ、いえ。それは…」

僕はホスト側の人間なので、来客用の名簿には記載されていないんです。

説明しようか、でも僕は加那芽兄様や伊玖矢兄様と違って、無悪家の直系の子息という訳では無い。

妾の子だなんて知られたら、嫌な気分にさせてしまうかもしれない…。

だからこそ、壁際で大人しく突っ立ってようと思ったのに。

迂闊に独り言なんか呟いちゃったものだから、こんな…。

「まぁ、そんなことはどうでも良いですね」

えっ?

自分から聞いておきながら、興味を失うのが早過ぎなのでは?

追求されなかったのは有り難いですけども。

「それよりもあなた、良い顔をしていますね」

か、顔? 

唐突に何ですか?

「え、えぇ…と、ありがとう…ございます…?」

褒め言葉…だと認識して良いんですか?良いんですよね?

「うん。いかにも、腐女子が好みそうな顔です。…いじめ甲斐がありそうですね」

にやり。

…あの。褒め言葉…じゃ、ないみたいですね。

腐女子が好みそうって何?いじめ甲斐ってどういう意味なんです?

何だろう。今すぐ逃げた方が良いような気がする。

お客様相手に失礼なのは、百も承知。

だけど今、自分の本能、第六感的な部分が。

「今すぐこの男から逃げろ」と警告しているような気がしてならないのだ。