もう、時既に遅しのような気がするんですが。

…やっぱり僕、部活お休みして帰っても良いですか?

言うなら今か?今ならまだ間に合うだろうか?

「え、えっと。先輩方、僕、」

頑張って言おうと思ったのだが。

「それじゃ再生するぞー」

ポチッ、と画面の再生ボタンを押してしまった。

あぁ…間に合わなかった…。

こうして僕は、あろうことか先輩方に挟まれて、皆さんのど真ん中で、タランチュラ動画を観ることになった。

がくがくぶるぶる。

「おぉー、タランチュラだ。可愛いじゃん」

…これの何処が可愛いんですか?

まほろ部長の美的センスを疑いますよ。僕は。

「しかし、タランチュラって何食べるんだろうな…?」

「肉食なんじゃないですか?あ、ほら」 

唱先輩が、画面の中を指差す。

ひぇっ…。

あろうことか、動画主さんが持ってきたタランチュラの餌は、コオロギ。
 
しかも、まだ生きているコオロギだった。

う、嘘でしょう…?生き餌…!?

僕が愕然としていると、動画主さんが、丁寧に餌の説明を始めた。

どうでも良いけどこの動画主さん、先週のヘビの桃子ちゃん動画と同じ声のような気がする…。

ま、まさか同一人物…?いやいや、まさか…。

しかも、その説明曰く。

「ふーん。自宅で養殖したコオロギだって」

なんと、タランチュラに餌をやる為に、自宅でコオロギを育てているのだとか。

魚の養殖、貝の養殖なら聞いたことがあるけど。

まさか、コオロギを自分で育てるなんて。

正気の沙汰とは思えない。これって普通なんですか…?

「先週の桃子ちゃんの餌は、冷凍マウスだったよな…。タランチュラにも冷凍餌じゃ駄目なのかな?」

「生き餌じゃないと食べないんじゃないですか?ほら、生き餌の方が鮮度も良いですしね」

鮮度って。

動画主さん曰く、自分で育てたコオロギならば、安定的にタランチュラさんに餌を供給出来るらしい。

まぁ、そりゃそうですよね。毎回餌やりの度に、外にコオロギを探しに行く訳にはいかないし。

それに、野生のコオロギだと、色んな不純物(?)が混じっている可能性もある。

そこで、タランチュラの餌用に、自宅でコオロギを養殖し。

常に安定的に、タランチュラに餌をやれる環境を作っているのだとか…。

タランチュラ飼育のプロですね。この動画主さん。

動画主さんのタランチュラ愛が伝わってくるのは結構なんですが。

「こうしてあげると食べやすいんですよ」とか言いながら。

わざわざコオロギの頭を潰して、瀕死状態にさせてからタランチュラの飼育かごに入れるのはやめてくれませんか。

ひぇっ、ってなりますから。ひぇっ、って。

飼い主さんが丹精込めて作ったコオロギを、タランチュラが元気よく食べていた。

「あ、餌食べてる。タランチュラの鈴子ちゃん、可愛いねー」

「いやぁ。癒やされるな〜」

…この残酷な捕食現場を見て、「癒やされる」とは。

感性がどうかしてますよ。