振り向くと、そこには。

見たことがないくらい険しい顔をした、加那芽兄様が立っていた。

加那芽兄様…いつの間にか帰ってきてたんだ。

「その手を離すんだ」

加那芽兄様は、鋭い口調で伊玖矢兄様に命じた。

「小羽根は恥晒しなんかじゃない。小羽根には何もしないで。その子が何かしたなら、私に言ってくれ」

「ふん…。そうやって甘やかすから、余計我が物顔でつけ上がるんだ。自分の身の程も弁えずに」

み…身の程…。

それは…。

「大体、家主の留守中に勝手に忍び込むような真似をする奴が、恥晒し以外の何だって言うんだ?」

「ち…違います…!僕はただ…」

「この部屋に好きな時に入って良いと言ったのは私だよ。小羽根も無悪家の一員なんだから、屋敷の中を自由に歩き回って何が悪い?」

「…」

伊玖矢兄様は無言で、加那芽兄様を睨み付けた。

加那芽兄様の方も一歩も引かず、そんな伊玖矢兄様をじっと見つめ返す。

僕はそんな二人に挟まれて、びくびくしていた。

自分のせいで、二人が喧嘩を始めるんじゃないかって。

…しかし。

睨み合いを先にやめたのは、伊玖矢兄様の方だった。

「…ふん」

伊玖矢兄様は、振り払うように僕の手を離した。

「自分が次期当主だからって、偉そうに…」

今度は怒りの対象が、加那芽兄様に移ったらしく。

忌々しそうにそう吐き捨て、わざとらしく足音を鳴らし、書斎を出ていった。

扉を閉める時、わざとバンと音を立てることも忘れていなかった。

思わず、びくっとしてしまったが。

…た、助かった…。

へなへなと床に座り込みそうになるのを、懸命に堪えなければならなかった。

「…やれやれ、まったく…。どっちが子供なんだか分からないね」

「…加那芽兄様…」

「大丈夫かい?小羽根」

加那芽兄様は、さっきまで捻られていた僕の手首にそっと触れた。

「だ、大丈夫です。…っ…」

強がろうとしたが、余程酷く捻られたらしく、鈍い痛みが走った。

「腫れてるじゃないか。まったくあの子は…。なんて酷いことをするんだ」

「そんな…それは違います。僕が…伊玖矢兄様に誤解されるようなことをしたから…」

「どんな理由があれど、家族に手を上げるなんて以ての外だよ」

…僕を家族だと言ってくれるのは、加那芽兄様だけですよ。

伊玖矢兄様にとって僕は…薄汚い、無悪家の恥晒しでしかない。