「大丈夫です…。ほんの少し、挨拶しただけですから」

挨拶と言うには、いささか攻撃的だったが。

あれがいつもの、伊玖矢兄様との挨拶なのだと思おう。

「本当に?嫌なこと言われたりしなかった?」

う…。加那芽兄様、鋭いですね。

僕、そんなに分かりやすいですか?

…それでも。

「はい、大丈夫です…。加那芽兄様が心配されるようなことは、何もありません」
 
「…そう。それなら良いけど…。…もし何かあったら、すぐ私に言うんだよ」

加那芽兄様ったら、心配性なんだから。

でも、ありがとうございます。

「分かりました。そうします」

「必ずだよ。…それと小羽根、話は変わるけど」

え?

「もう一つ、伝えようと思ってたことがあってね…」

「もう一つ?何ですか?」

「この間、『新装版 ルティス帝国英雄伝』を読んでみたいって言ってたでしょう?」

『ルティス帝国英雄伝』は、僕のお気に入りの本の一冊である。

「あれをね、取り寄せておいたのが届いたんだ」

「え、本当ですか?」

「勿論。小羽根の読みたい本なら、古今東西何処を探してでも手に入れるよ」

加那芽兄様、にっこり。

なんて頼もしい…。

「ありがとうございます…。あ、代金をお返ししますから」

「良いんだよ、そんなの。私も読みたいと思ってたところだから」

そんなこと言って、加那芽兄様はいつも、僕にお金を払わせてくれない。

僕が欲しいって言ったんだから、僕が払うのは当然なのに。

でも、いくら食い下がっても、加那芽兄様は僕からは一銭も受け取らないことは、よーく知っている。

…だったら、今回もご厚意に甘えさせてもらいますね。

「私の書斎に置いてあるから、いつでも好きな時に持っていって良いよ」

「ありがとうございます、加那芽兄様…。あの、僕は加那芽兄様の後で良いですから」

「気にしなくて良い。私は時間の空いた時に勝手に読むから。小羽根が先に読んで良いよ」

…重ね重ね、ありがとうございます。

「分かりました。それじゃ…今読みかけの本を読み終わったら、借りに行きますね」

「分かったよ。私がいない時でも、好きな時に来て持って行って良いから」

済みません。本当。

加那芽兄様の書斎が、まるで24時間営業の図書館みたいですね。

…でも、先程の伊玖矢兄様との邂逅で、少し落ち込んでいたけど。

加那芽兄様とお話して、少し気分が楽になった。

ありがとうございます。