…そして、今に至る。

「…」

自分の部屋に戻ってから、僕は憂鬱な思いだった。

出来れば、伊玖矢兄様とも仲良くしたいと思っているのは事実だ。

しかし残念ながら、それは未だに叶っていない。

寄宿学校を卒業した伊玖矢兄様は、そのまま海外の大学に留学してしまい。

相変わらず、年に数回しか顔を合わせる機会がない。

しかも屋敷にいる時も、ほとんどは外出しているか、あるいは反対に、自分の部屋に引きこもっている。

食事も全て、自分の部屋の中で済ませている。

加那芽兄様は普段から、伊玖矢兄様に手紙を出したり、屋敷に戻っている時は一緒に食事に誘ったり、ドライブに出掛けないかと声をかけているようだが。

伊玖矢兄様は一度として、手紙の返事をしたことも、加那芽兄様の誘いに応じることもないらしい。

相変わらず伊玖矢兄様は、僕とも、加那芽兄様とも、交流を深めるつもりはないようだ。

僕はともかく、加那芽兄様とは仲良くして欲しい。と、僕は思っている。

実の兄弟なのだから。

でも、今のところそれは無理そうだ。

意気消沈しながら、心の中で溜め息をついていると。

「小羽根、いるかい?」

こんこん、と加那芽兄様が部屋の扉をノックした。

「あ、はい。どうぞ」

「あぁ小羽根。良かった、戻ってたんだね」

「どうしたんですか?加那芽兄様…」

わざわざ訪ねてきてくれるなんて。用があるなら呼んでくれれば良いものを。

「いや。ちょっと伝えたいことがあるだけだから…」

「伝えたいこと?」

「うん。…伊玖矢が今日、戻ってきたそうなんだ」

…あ。

それ、知ってます。

「来週のパーティーの為にね…。鉢合わせして驚くといけないから、伝えておこうと思って」

「ありがとうございます…。でも、その…知ってます。さっきお会いしたので…」

「えっ。もう会ってたの?」

「はい。帰ってきた時…偶然…」

もうちょっと早く知っていたかったですね。

そうすれば…伊玖矢兄様に不愉快な思いをさせずに済んだのに…。

「そうだったのか…。それは悪かったね。私ももっと早く知っていれば…」

「いえ…良いんです。加那芽兄様のせいじゃありませんから」

帰ってくる時はいつも、事前に知らせてくれる加那芽兄様と違って。

伊玖矢兄様は、母上と、自分の身の回りの使用人にしか、帰宅する日時を伝えないそうだ。

だから、加那芽兄様も、伊玖矢兄様がいつお戻りになるかを知らなかったのだ。

「…何も言われてないかい?」

加那芽兄様は、心配そうに僕に尋ねた。

伊玖矢兄様が僕と顔を合わせる機会は滅多にないけれど。

その時はいつも、伊玖矢兄様は僕に冷たい態度を取る。 
 
そのことを加那芽兄様も知っているから、心配してそう聞いてくれたのだ。

…実際、さっきも…ちょっと、キツいことを言われてしまいましたもんね。

いつものことだけど…でも、やっぱり…あんな風に言われて、思うところがないとは言えない。

…だけど、それを加那芽兄様に告げ口するのは、それは違うと思った。