加那芽兄様は、元々情の厚い方だ。

腹違いの弟である僕に対しても、これほど優しくしてくれるのに。

血の繋がった実の弟となれば、僕以上に可愛がったに違いない。

…でも、伊玖矢兄様は、加那芽兄様と仲良くするどころか。

そのような加那芽兄様の優しさも、自分に対する当てつけのように感じて、反発した。

僕に対してのみならず、加那芽兄様に対しても心を開かなかった。

だけどそれは、決して伊玖矢兄様の心が狭いからではない。

伊玖矢兄様だって、周囲の人間にコンプレックスを煽られたりしなければ。

何かに付けて、加那芽兄様と比べられたりしなければ。

きっと今頃…僕と加那芽兄様以上に、仲の良い兄弟だったはずだ。

本当は弟と仲良くしたいと思っているのに、仲良く接しようとすればするほど嫌われ、避けられてしまう加那芽兄様が、あまりに気の毒だった。

でもそれ以上に可哀想なのは、周囲に煽り立てられたことによって、自分の兄を憎まなければならなくなった伊玖矢兄様だった。

僕なんかに憐れまれるなんて、伊玖矢兄様は憤慨するに違いない。

それに…伊玖矢兄様の気持ちが、僕には分からなくもないのだ。

加那芽兄様は、あまりに優秀過ぎる。

加那芽兄様自身は謙遜するし、自分を天才だ、神童だと讃えられることを疎ましく思っているようだった。

だけど実際、加那芽兄様はそう呼ばれて然るべき才能を持つ人だ。

先代の無悪家当主…僕達兄弟の父親よりも、遥かに優れた人物。

そんな兄を見ていれば、羨望と共に、言いようのない嫉妬を抱くのも無理ないことだった。

それが醜い感情だということは分かっている。

でも、これほど優秀な兄を持てば、どうしても思わずにはいられない。

同じ親から生まれたのに、何故自分は兄と同じようになれないのか?

自分も、周囲も、自分と加那芽兄様を比べて、失望したり落胆したりする。

僕はまだ、腹違いだから。母親が違うから、と言い訳が出来る。

僕のような賎しい生まれで、加那芽兄様のように優秀になれるはずがないのだ、と。

だけど伊玖矢兄様の場合、両親共に加那芽兄様と同じなのだから、その言い訳も出来ない。

結局、加那芽兄様に比べて自分が劣った存在だと認めざるを得ない…。

「なまじ、私が無駄に器用貧乏だったせいで…。伊玖矢にも辛い思いをさせてしまって、本当に申し訳ないよ」

器用貧乏だなんて…。加那芽兄様は貧乏じゃなくて、本当に器用ですよ。

それに…。伊玖矢兄様は勿論、加那芽兄様だって何も悪くはない。

「私のせいで…伊玖矢にも、小羽根にも今後、嫌な思いをさせてしまうかもしれないと思うと、私は…」

「加那芽兄様は悪くないです…」

加那芽兄様の苦しそうな、悲しそうな顔を見たら。

僕は、そう言わずにはいられなかった。

「加那芽兄様のせいじゃないです。加那芽兄様は、僕に優しくしてくれました」

今だってこうして、僕を気遣ってくれている。

断じて、加那芽兄様は悪くない。

「だから…そんな、悲しいこと言わないでください…」

「…折角泣き止んだばかりなのに、また君を泣かせてしまいそうだね」

加那芽兄様は優しく微笑んで、僕の頭を撫でた。

「ごめんね、卑屈になって…。だけど、伊玖矢のことは許してあげて欲しい。彼にだって悪気はないんだ」

「はい…。分かってます」

今の話を聞いて、伊玖矢兄様を責めることは出来なかった。

これ以降僕は、努めて伊玖矢兄様と距離を取るようになった。