話を聞き終えると。

加那芽兄様は、困った顔で溜息をついた。

「そうか…。そんなことが…」

「す…済みません…」

思わず謝ってしまった。

「いや、君が悪い訳じゃないから。謝る必要はないんだよ」

「で、でも…僕、伊玖矢兄様を怒らせてしまって…」

伊玖矢兄様にも謝りたかった。不快な思いをさせてごめんなさいって。

でも、伊玖矢兄様が僕の謝罪を聞いてくれるとは思えなかった。

それに、伊玖矢兄様は僕の態度や言葉ではなく、その生まれが気に入らないのだ。

謝ったところで、仲直り出来るはずがない…。

「いいや、違うんだよ。小羽根…あの子はね、昔からああなんだ」

と、加那芽兄様は悲しそうに語った。

「…え?」

「小羽根だけじゃない。あの子は、私のことも気に入らないんだ。私に対しても、笑顔を見せてくれたことは一度もないよ」

「…」

…そんな。どうして?

僕は…腹違いの弟だから、兄弟として認められないのも無理はない。

でも、加那芽兄様は…。伊玖矢兄様にとって加那芽兄様は、ちゃんと両親が同じ、血の繋がった兄弟のはず。

それなら…加那芽兄様を嫌う理由が何処にある?

腹違いの弟にさえ、これほど優しくしてくれる加那芽兄様が。

同じ弟である伊玖矢兄様に、優しくしてあげない理由がない。

てっきり、加那芽兄様と伊玖矢兄様は、仲の良い兄弟だと思っていたのに…。

「加那芽兄様は…その…伊玖矢兄様と、仲が良くないんですか…?」

かなり失礼な質問であったが、加那芽兄様は怒ることもなく。

「…そうだね。仲は良くないね」

と、そう答えた。

…え…。…何で?

「どうして…?一緒に育ったんじゃないんですか…?」

今の僕よりもずっと幼い頃から。

伊玖矢兄様が生まれた時から、ずっと一緒に育ってきたんじゃないのか。

それなのに、どうして…。

「そうだね。一緒に育った…でも、一緒に育ったからこそ、伊玖矢は私のことを嫌いになったんだと思う」

「…?」

「伊玖矢のせいではないんだよ。決して…。あの子が悪いんじゃない。あの子を育てた周囲の人間が悪いんだ」

周囲の人間…。

…さっき、伊玖矢兄様の上着や鞄を受け取ったり、靴を揃えたりしていた人達?

「私は小さい頃から、なまじ天才だ神童だと持て囃されて…。伊玖矢は生まれた時から、そんな私と比べられながら育ったんだ」

加那芽兄様は、僕の頭を撫でながら悲しそうにそう語った。

「『この程度加那芽様なら』、『加那芽様と比べてあなたは』。まだ小さい時から、呪文のようにそんなことばかり言われて…。次第に彼は、私を敵視するようになったんだ」

「…」

「彼にとって私はコンプレックスの塊で、倒すべきライバルのようなもの…。私がいくら関係を改善しようと友好的に接しても、そんな私の態度が余計、伊玖矢のプライドを刺激してしまって…」

「…」

「私に比べられるのが嫌で、あの子は幼い頃から全寮制の学校に入ったんだ。私と顔を合わせないで済むようにね…」

僕はそれを聞いて、自分の悲しみよりも遥かに。

加那芽兄様の方が、ずっと心を痛めてるんだということに気づいた。