しかし、加那芽兄様はそんな間抜けな僕を笑うことはなく。

「…小羽根は、本が好きなのかい?」

と、尋ねた。

「あ…えっと…。…はい」

こくり、と頷いた。

最近は全然…読めてなかったけど。昔から本は好きだった。

僕は怒られるんじゃないかと、加那芽兄様の顔色を伺った。

本なんて読んでる暇があったら勉強をしろ、と言われるんじゃないかって。

しかし。

「成程…。それは良いことだ」

叱るどころか、感心したようにそう言われた。

い…良いこと?

「良いこと…なんですか?」

「良いことだよ。本というのは知識の塊のようなものだからね。どんな本でも、読んで無駄ということはない。好きな本を何でも、大いに読むと良い」

「…」

…驚いた。

叱られるどころか…むしろ、勧められてしまった。

「この書庫にある本は、ほとんど私が集めたものなんだけど、私はもう滅多に読むことはないからね。ここにある本なら、いつでも好きな時に持って行って構わないよ」

「えっ…。い、良いんですか?」

「勿論。本棚の中で腐らせるより、小羽根に読んでもらった方が本も喜ぶだろう。返すのはいつでも構わないから、好きに読むと良い」

「…!」

これは思ってもいない申し出だった。

まるで、自分専用の図書館を作ってもらったような気分。

非常に贅沢である。

…だが、手放しで喜んでばかりもいられない。問題もある。

「…でも、この部屋にある本は、小羽根にはまだ難しいかもしれないね」

「…うっ…」

…それは、確かに。 

さっきから何冊か、本を手にとってみたところ。

とてもじゃないけど、僕に読めそうな本は見つからなかった。

「よし。今度、小羽根でも読めそうな児童書を取り寄せて、この書庫に置いておこう」

「あ…ありがとうございます。加那芽兄様…。済みません…」

「礼には及ばないよ。小羽根は賢いから、じきにこの書庫にある全ての本を読めるようになるよ」

気楽にそう言って、加那芽兄様は優しく僕の頭を撫でてくれた。

そう言ってくれるのは嬉しいですが、それは一体何年後の話ですか。加那芽兄様。

ちなみに、それから10年近く経った今でも、全ての本を読むことは出来ていない。

特に外国語の本は、やっぱりハードルが高い。

それでも、加那芽兄様の書庫に、自由に出入りさせてくれるようになったのは、僕にとってとても嬉しいことだった。

そのお陰で、未だに、僕の趣味は読書である。




そんなことがあった一週間後、書庫に背の低い本棚が増え、そこに小学生向けの児童書がたくさん並ぶようになった。

…それから、ついでに新品の踏み台もね。