だが、突然じろりと睨まれた僕は、そんなこと考える余裕もなく。

「あ、あのっ…。僕、…小羽根って言います…」

「…小羽根?」

「はい…。あの…」

あなたの弟です…。と、言おうかと言うまいかと迷った。

自分でそれを言うのは、あまりにおこがましいかなと思って…。

すると。

「伊玖矢坊ちゃま…」

伊玖矢兄様の上着を受け取った使用人が、彼の耳元でそっと何かを伝えた。

僕が、腹違いの弟だと教えたのだろう。

伊玖矢兄様は、納得したように頷いて、それから再度こちらを見た。

その時既に、伊玖矢兄様の両目は、蔑みに変わっていた。

当時、まだ幼かった僕だが。

その視線が蔑みだということは、誰に言われなくてもよく分かっていた。

「あ、あのっ…。僕、い、伊玖矢兄様とも、仲良く、」

「ふん…。穢らわしい。父上も、とんでもない忘れ形見を残してくれたもんだ」

「…」

勇気を出して告げようとした言葉は、冷笑によって阻まれた。

…あ…。

「何でここにいる?ここはお前がいるべき場所じゃない。さっさと出ていけ」

「…」

この時僕は、自分がとんでもない間違いを犯してしまったことに気づいた。

伊玖矢兄様と仲良くしたいなんて、そんなことを願ってはいけなかったのだと。

それはおこがましいことだったのだと。

出ていけと言われたって…出ていって行くところも、帰るところも、僕にはなかった。

何も言えず、黙って下を向いていることしか出来なかった。

「不愉快だ。僕の前から消えろ」

伊玖矢兄様は、床に落ちているゴミでも見るかのようにそう言って。

それ以上僕に関心を向けることはなく、その場を立ち去った。

伊玖矢兄様の使用人達も、僕を無視して伊玖矢兄様についていった。

…その場に一人取り残された僕は、泣き出さないように我慢するのに精一杯だった。

こうして、僕と伊玖矢兄様のファーストコンタクトは、今思い出しても悲しくなるくらいに、大失敗したのだった。

…今となっては、自分の無知と浅はかさを呪いたくなるが。

当時の僕は、あれでも精一杯だったのだ。