そう。実は、僕には二人の兄がいる。

一人は加那芽兄様で、そしてもう一人は…今、目の前にいる人物だ。

加那芽兄様とは仲良くしてもらっているけれど、もう一人の兄とは…。

「僕に挨拶もせずに素通りするとは。随分偉くなったもんだな」

「し、失礼しました…。伊玖矢(いくや)兄様…」

慌てて頭を下げるも、もう一人の兄…伊玖矢兄様は、じろりと僕を睨んだ。

その射抜くような視線に、思わず背筋がゾッとした。

もうこの時点で、さっきまで僕の頭を悩ませていた爬虫類動画のことなんて、空の彼方に吹き飛んでいた。

「兄様だって?穢らわしい…。気安く僕を兄と呼ぶな。僕はお前を弟だと思ったことはない」

「も…申し訳ありません。…伊玖矢様…」

「…」

兄と呼ばなくても、名前を呼ばれるだけで不愉快なのか。

伊玖矢兄様は、不機嫌そうな顔を隠さなかった。

「…我が物顔して、いつまでこの屋敷にいるつもりだ。忌々しい…」

「…」

何を言われても、僕は言い返すことは出来なかった。

…仕方のないことだ。

伊玖矢兄様にとって僕は、穢らわしい妾の子以外の何者でもないのだから。

「いつ出て行っても良いんだぞ。ここは、お前の居るべき場所じゃないんだからな」

捨て台詞のようにそう言って、伊玖矢兄様はその場を立ち去った。

僕はひたすら頭を下げて、伊玖矢兄様を怒らせないよう、ひたすら祈った。

…いつもそうなのだ。

この屋敷に来た時から、ずっと僕を可愛がってくれた加那芽兄様とは対象的に。

伊玖矢兄様は、初対面の頃から僕を毛嫌いしていた。

最初の頃、加那芽兄様がいくら優しくしてくれても、素直に受け入れられなかったのは、これが理由でもある。

伊玖矢兄様は、義理の母と同じように、僕を汚らしい妾の子だと言って、傍に近寄らせもしなかった。

だから、加那芽兄様もいつか僕を見放すのではないかと、ずっと不安だったのだ。

今は、加那芽兄様はそんなことしない人だと分かっている。

それだけに、僕は不思議でならない。

加那芽兄様も伊玖矢兄様も、同じ両親から生まれ、同じように育てられたのに。

どうして加那芽兄様はあれほど寛容なのに、伊玖矢兄様はあんなに…その…冷たい方なのか…。

でもある意味で、伊玖矢兄様の方が、「無悪家らしい」人柄だと言えるのかもしれない。

妾の子だというのに、まるで同じ母親から生まれた弟のように可愛がってくれる加那芽兄様の方が、優し過ぎるのだ。
 
本来ならば、伊玖矢兄様のような反応になるのが普通なのかもしれない…。

…そう思うと悲しくなる。

こんなことを言うと、伊玖矢兄様は気を悪くするに違いないが。

僕は本当は、伊玖矢兄様とも、加那芽兄様のように仲良くしたかったのだ。

今は、それが絶対に叶わないことだと分かっているけれど…。