「お、おぉ?どうした唱君。持病の発作か?」

え。唱先輩、持病なんかあるんですか?

「違いますよ。この香り…。この香りは…!」

か、香り?

唱先輩は、凄まじい形相でこちらに駆け寄ってきた。

かと思うと、僕の手首をガッと掴み。

顔の近くまで持って行って、僕の手首の匂いを嗅いでいた。

な、何なんですか?僕どうしたら良いんですか?

「…!やっぱり…!」

「…おい、どうした唱君。ポリスメン呼んだ方が良い?」

「…小羽根さん。あなた、何をしたんですか」

え、えぇ? 

唱先輩は、聞いたことがないくらい低い声で僕に尋ねた。

「何をしたって…何をしたんですか?」

僕が聞きたいですよ。僕、何をしたんですか?

何も変なことしてないですよ。

「正直に言ってください。…小羽根さん、もしかしていかがわしいお店でバイトしてたりしませんよね?」

「はぁっ…!?」

突然、真面目な顔してとんでもないことを聞かれて、度肝を抜かれた。

「もしくは、今流行りの闇バイト…。怪しいお野菜やしゃぶしゃぶの売買とか…そういうことに手を染めたりしてませんよね?」

ちょ、なんてことを聞くんですか。

「…?お野菜?しゃぶ…?小羽根君、お鍋好きなの?」

「…萌音。お前は知らなくても良いことだからな」

萌音先輩は、そのまま純粋な萌音先輩でいてください。

「し、してませんよっ…!?突然何を言い出すんですか…!?」

「だって…。小羽根さん、あなた…『Black Midnight』をつけてるでしょう」

ぶらっく…みっどないと?

何?その中二病チックなお名前。

「何ですか?その…ぶらっく何とかって言うの…」

「香水の商品名です。俺の大好きな香水ブランド、『Black Dark Perfume』の主力商品の一つ、オリエンタルノート・パフューム6番。『Black Midnight』」

あっ、香水の話なんですか?

唱先輩がここまで理性を失うってことは、そういうことですよね…。

「俺でさえ、テスターでしか嗅いだことのない香りなのに…!」

テスターで一度しか嗅いだことのない香りを覚えてるんですか?

香りの記憶力が凄過ぎるのでは?

「そうなん?香水の匂い、する?」

くんくん、とまほろ部長が僕に顔を近づけてきた。

「いや、全然しねぇわ…」

「朝、ワンプッシュつけただけですからね…」

もう、随分香りも薄れてるはずなんですけど。

嗅覚の鋭敏な唱先輩は、一瞬にして香水の香りを感じ取ったらしい。

警察犬顔負けじゃないですか。