結局、AからEまで、5種類の香りを嗅いだけど。

僕の貧弱な嗅覚と、貧弱な語彙力で言えることと言ったら。

「え、えぇと…。どれも…良い匂いですね」

「そう思う?」
 
「はい…。思ってますよ」

良い匂いなのは確かである。

でも、正直…正直に言うと…。あんまり…。

…でもでも、それを口にしたら失礼ですよね。

黙っているつもりだったけど、加那芽兄様は僕の本心を見抜いていた。

「良いんだよ、小羽根。思ったことは何でも、正直に言ってくれて良い」

…うっ…。やっぱり、そうですよね。
 
つい、僕は正直な気持ちが顔に出てしまうから…。

「あの…僕の鼻が馬鹿なだけかもしれませんけど、5種類どれも…えっと、あんまり違いがよく分かりませんでした…」

「ふふっ」

「あ、済みません…」

僕のあまりに、あまりに正直過ぎる告白に。

加那芽兄様は、思わず噴き出してしまっていた。

「いや、良いんだよ…。正直に言ってくれと頼んだのは私だからね。そういう忌憚のない意見が聞きたかったんだ」

「その…。僕、あんまり香水の違いが分からなくて…」

5種類も続けて嗅いだせいなのか。

それとも、昼間に部室で、香りの強いアロマオイルを立て続けに嗅いだせいなのか。

鼻が馬鹿になっている可能性が高い。
 
実際、通常時でも僕の鼻は割とポンコツです。

繊細な香水の香りの違いが分からない。

「香水の香りを、ちゃんと理解して買ってる人なんて、実は一握りしかいないんだよ。気にしなくて良い」

加那芽兄様は優しいから、そう言ってくれた。

ありがとうございます。
 
正直に、「この馬鹿鼻め」と言ってくれても良いんですよ。

「それにね、この香水、5種類共どれも同じ香料をベースにしてて、ミドルノートは全部同じなんだ」

「えっ、そうなんですか?」

「うん。だから、違いが分かりにくいという小羽根の感想は、的を射てるんだよ」

そ、そうなんだ。

「その上で、トップノートとラストノートはそれぞれ、『frontier』5人の個性に合わせて変えてるんだけど…」

「う…。やっぱり、ちゃんと違いありますよね…。僕、分からなくて…」

「いやいや、そういう感想も参考になるからね。ありがとう」

加那芽兄様は、にっこりと微笑んだ。

…うぅ、申し訳無い。

もっと参考になる意見が言えたら良かったのに。

これが唱先輩だったら、もっと…。

…と、思いついて。

「あの、加那芽兄様。このサンプルって…」

「ん?何?」

「明日、学校に持って行っても良いですか?」

と、僕は加那芽兄様に尋ねた。