「ほぇー。良い匂いだー」

「良い匂い…のはずなんだけどな。いくらなんでもキツ過ぎるだろ…」

「…」

萌音先輩は楽しそうだったが、あまりのキツい匂いに、李優先輩は顔をしかめ。

唱先輩は、ハンカチを顔に当てて、不機嫌そうに無言だった。

…この甘い匂い…。

「これ…ヒヤシンスの香りですか…?」

「おぉ、よく分かったな後輩君」

えぇ、まぁ…。

加那芽兄様のお仕事の関係で、香水のサンプルをもらったり。

新作の香水のモニター調査ということで、いくつかのサンプルの香りを試して、その感想を書いたこともある。

その関係で、香料については少々知識がある。

加那芽兄様に比べたら、全然にわか知識ですけどね。

…で。

部室の中が、噎せ返るヒヤシンスの香りに包まれているのは何故なのか。

確かに良い匂いだとは思うけど、ここまで匂いがキツいと、甘々しくて気持ち悪い…。

「良い匂いだろ?」

まほろ部長は、にっこりと微笑んで言った。

「え?い、良い匂いですけど…」

「リラックス出来るだろ?」

「り…リラックスは、どうなんでしょう…」

もう少し控えめな匂いだったら、リラックス出来たんでしょうけどね。
 
如何せん匂いがキツ過ぎて、リラックスどころか逆効果。

「俺はこの匂い嫌いです。甘ったる過ぎて、品のない女性がつけ過ぎた香水みたい」

と、顔をしかめ、ハンカチで鼻を抑え続けている唱先輩。

唱先輩は、ヒヤシンスの香りは苦手なんだ…。

まぁ、女性向きの香りですもんね。

男性用の香水にはあまり使われない香料だって、加那芽兄様に聞いたことがある。

「今日は一体、また…何でヒヤシンスの香りを…」

「そりゃ勿論、健康を追求する為だよ」

…?

「健康の為に、香りでリラックス!ってことで、アロマオイル各種を揃えてみたんだ」

な、成程…。

運動は大事。食事も大事。…それから、今度は香りでリラックスしようと。

それも健康作りの一環…と、言えば聞こえは良いですけど。

「…それも部費で揃えたんですか?」

「え?勿論」

「…」

…とんでもない、部費の無駄遣い。

そういうことに使う為のお金じゃないと思うんですよ。部費って…。

僕は後輩なんで、あんまり口を挟む資格はないですけど。

「部費勿体ねぇな…」

李優先輩が、僕の気持ちを代弁して、ぼそっと呟いていた。

が、ヒヤシンスのあま〜い香りに包まれたまほろ部長の耳には、まったく届いていなかった。