住み慣れた今でも、無悪の屋敷の広さには舌を巻く。

当時、まだ7歳か8歳くらいだった僕にとっては、それはもう迷宮のように広くて大きなお屋敷だった。
 
屋敷の中をぐるっと一周するだけで、良い暇潰しになることから。

当時の僕は、暇があれば屋敷の中を探検していた。

花の咲き乱れる美しい中庭や、離れにある蔵(くら)など、見ていて飽きることはなかった。

屋敷に中には、歳の離れた加那芽兄様以外には兄弟もおらず。近所に友達もいなかった僕は、外に遊びに行くことは出来なかった。

そういう事情もあって、屋敷の中の探検は良い暇潰しだったのである。

その部屋を見つけたのは、そんな探検の時だった。





屋敷にはいくつもの部屋があって、その全てを使っている訳ではなかった。

僕はその日、そういう使っていなさそうな部屋を探検して回っていた。

でも、使っていない部屋は大抵、扉に鍵がかかっていて、入れなかった。

入れたとしても、使っていない部屋はほとんど物置と化していて、子供の僕の興味をそそるものは何も置いていなかった。

だから、その部屋も多分鍵がかかっていて入れないだろう、あるいは入れたとしても、物置として使われているだけだろう。

そう思っていたのだけど、その予想は外れた。

「…?」

その部屋には鍵がかかっていなくて、すんなりと扉が開いた。

そうっと、重い扉を開けて中に入ると。

薄暗い部屋の中は、予想以上に広く、また古い紙の匂いがした。

「…」

そこは、さながら学校の図書室のようだった。

当時の僕の身長よりも、遥かに背の高い重厚な本棚がいくつも並んでいた。

文庫本だったら、1000冊くらい収納出来そうな大きな本棚が、いくつも。

その巨大な本棚の中に、ぎっしりとあらゆる本が並べられていた。

幼い頃母と一緒に通っていた図書館にも、たくさんの本があったけど。

この部屋も、あの図書館に負けて無いんじゃないかと思うくらいだった。

思わず圧倒されてしまったが、僕は恐る恐るその部屋に入り、並べられたたくさんの本を見上げた。

…凄い。こんなにたくさん本があるなんて。

一体誰の本なんだろう?

それを見て初めて、そういえば、昔はよく母と図書館に通ったな…と思い出した。

僕は、手近にあった本棚から、適当に選んだ本を手にとって開いてみた。

そして、後悔した。

「うっ…」

辞書みたいに分厚いその本は、虫眼鏡を使わないと見えないくらい細かな字が、びっしりとページを埋め尽くしていた。

当然振り仮名も振ってなくて、挿し絵なんか勿論あるはずもなくて、いかにも小難しそうな専門用語が並んでいた。

…よ、読めない…。一行も読めない。

しかし、この部屋には更に難易度の高い本もあった。

「うっ…!?」

別の本を手にとってみると、今度は外国語の本だった。

…読めるはずがない。

一行も読めないどころか、単語一つ拾えなかった。

情けない限りだが、当時の幼い僕には仕方のないことだった。