「李優もね、今は萌音と一緒にいてくれるけど、いつかは萌音を置いて…先にいなくなっちゃうかもしれないでしょ」

「それは…考えたくないですけど…」

そういうことも、あるかもしれませんね。

多分、それは何十年も先のことだと思いますけど。

でも、いつかはそういう日が来る。…かも、しれない。

「そうなったら、萌音はきっと悲しいから。悲しくて生きていけなくなりそうだから…。今のうちに李優のこと、いっぱい書いておくの」

萌音先輩は、ノートに書いた自分の文字をしみじみと眺めた。

「李優が生きてたってこと。萌音と一緒に生きてたってことを、何十年何百年経っても、なかったことにはさせないの。全部残しておきたい。萌音が、李優と生きてた証」

「…そうですか…」

…やっぱり、重いなぁと思いますけど。

でも、萌音先輩の気持ちはよく分かった。

そんな大事なノートだったんですね。

不気味なんて言って済みません。

「その日記って…いつからつけてるんですか?」

「ふぇ?萌音がずっと小さい時だよ」

そんなに長く?

「それじゃ…そのノート、もう何冊目なんですか?」

10冊目?もしかして20冊目、とか。

しかし、萌音先輩の人生記録は、そんな生易しいものではなかった。

「何冊目…?さぁ、分かんない。押入れっぱいのノートがあるよ」

えっ。

「お、押入れいっぱい…?」

「うん。ズラーって」

「…」

萌音先輩の押入れ、ノートの重みで床が抜けたりしません?大丈夫?

す、凄い…。何年分もの記録が…。

読み返すのも一苦労ですね。

「萌音の宝物なの」

「宝物…大きいですね…」

お引越しが大変そう。

でも、そういう記録って貴重じゃないですか。

僕も、戦争中とか、昔の人の日記を読んだことありますけど。

ああいう記録を、文字にして残すのは有意義だと思いますよ。

もしかしたら、何百年…何千年も経った後。

押入れいっぱいの萌音先輩の日記が見つかって、それが『久留衣萌音日記 全集』みたいな形で出版されたら…。

…って、それはさすがに妄想が過ぎるか。

でも、まったく有り得ない話じゃないかもしれない。

「そうですか…。良い趣味ですね」

「うん、ありがとう」

「…ってことは、その日記って…僕のことも書いてるんですか?」

部活にこういう一年が入部してきたよー、とか。

名前は無悪小羽根っていって、こんな話をして…みたいな。

しかし、萌音先輩の記録は、そんな優しいものではなかった。

もっと詳細だった。

「うん、書いてるよー。怖い映画を観て泣いてた、とか。宇宙旅行の小説を書いてる、とか」

「…そういうことは書かないでください」

「萌音の大事な宝物なの」 

「…」

そう言われちゃったら、嫌でも「消してください」とは言えないじゃないですか。